【CIA試験講義】パート2 セクションB-2-c: 証拠の説得力と再現性
テーマ:「数学の証明問題」と同じ! ~他人が見て納得できるか?~
証拠を集め、分析し、結論を出す。これは監査の日常業務ですが、そのゴールはどこにあるのでしょうか? 「自分が納得したからOK」では不十分です。監査は公的な業務であり、その結果は説明責任を伴うからです。
セクションB-2-cでは、証拠のゴールラインとして定義されている「十分な情報を得た、能力のある者(Knowledgeable, informed person)」という基準について学びます。
1. 証拠のゴールライン:「再現性」のある結論
GIAS(グローバル内部監査基準)では、適切な証拠の基準として以下の状況を求めています。
「十分な情報を得た、能力のある者が、内部監査人と同じ結論に達することを可能にする」
これはどういうことか、数学のテストに例えてみましょう。
- ダメな答案: 答えだけ「X = 5」と書いてある。(合っているかもしれないが、どうやって解いたか不明で信用できない)
- 良い答案: 計算式と論理の展開が丁寧に書かれていて、先生(=能力のある者)が見れば、「なるほど、この手順なら間違いなく X = 5 になるね」と納得できる。
内部監査も同じです。監査調書(ワーキングペーパー)と証拠を並べたとき、事情を知らない別の専門家(例えば同僚の監査人や外部監査人)が見て、「私でも同じ結論を出すだろう」と思える状態にしなければなりません。
2. 「十分な情報を得た、能力のある者」とは誰か?
このフレーズは、しばしば「慎重な人(Prudent person)」という言葉ともリンクします。
- 誰のこと?
- 一般の人ではありません(専門用語が通じないため)。
- 超能力者やその会社の社長である必要もありません。
- 「通常の注意深さと専門知識を持った職業人」を指します。
試験では、「誰に対して証明する必要があるか?」というニュアンスが問われます。 「裁判官」や「株主」ではなく、「合理的な判断力を持つ第三者(専門家)」を想定してください。
3. 「絶対」ではなく「合理的」な確証
ここで重要なのは、「100%全員が、1ミリの疑いもなく同じ結論になる」必要はないということです。
監査の世界では「絶対的な保証(Absolute assurance)」は不可能です。時間とコストに限りがあるからです。 求められるのは「合理的な保証(Reasonable assurance)」です。
- OKな状態: 「これだけの証拠と論理があれば、常識的な専門家なら、十中八九この結論に賛成するだろう。」
- NGな状態: 「監査人の勘としては黒だと思うが、証拠だけ見せられたら、他の人は白だと判断するかもしれない。」
4. 証拠の「論理の飛躍」を防ぐ
このセクションの実務的な意味は、「論理の飛躍(Jump in logic)」をなくすことです。
- 事実(証拠): 今月の残業時間が急増している。
- 結論(監査意見): サービス残業による法令違反のリスクが高い。
この間に飛躍があります。「残業代が払われているか確認したのか?」「業務量が増えただけではないか?」といった疑問を、第三者は持ちます。 「同じ結論に達することを可能にする」ためには、その間を埋める証拠(給与明細の照合、労基法との比較など)が必要です。
まとめ
セクションB-2-cのポイントは、「客観性」と「再現性」です。
監査人は、「自分」を説得するのではなく、「未来の読み手(上司、外部監査人、規制当局)」を説得するために証拠を集めます。 「なぜそう言えるの?」と聞かれたときに、「私の経験則です」ではなく、「この証拠Aと証拠Bを組み合わせれば、あなたも必然的にそう判断するはずです」と言える状態を目指してください。
【練習問題】パート2 セクションB-2-c
Q1. 内部監査人は、ある業務プロセスにおける不正のリスクが高いと結論付けた。GIASに基づき、この結論を裏付ける証拠が「十分(Sufficient)」であると判断されるための基準として、最も適切なものはどれか。
A. 監査人が個人的に不正の存在を確信するのに足りる証拠があること。
B. 法廷において、合理的な疑いの余地なく事実を立証できるレベルの証拠があること。
C. 十分な情報を得た、能力のある者(knowledgeable, informed person)が、同じ結論に達することを可能にする証拠があること。
D. 当該プロセスの担当者が、監査人の指摘に対して反論できない程度の証拠があること。
【解答・解説】
正解と解説を表示
正解(C): GIASにおける証拠の十分性の定義そのものです。監査証拠は、偏見のない専門的な第三者が証拠を見て、監査人と同じ結論に至る説得力を持っている必要があります。
不正解(A): 監査人の主観的な確信だけでは不十分です。客観性が欠けています。
不正解(B): これは刑事裁判などで求められる「合理的疑いの余地のない(Beyond a reasonable doubt)」証明であり、内部監査に求められる「合理的な保証」の範囲を超えています。
不正解(D): 被監査部門が反論できない(言い負かす)ことが基準ではありません。客観的な事実に基づいて結論が導かれているかが重要です。
Q2. 監査監督者(スーパーバイザー)が、担当監査人の作成したワーキングペーパー(監査調書)をレビューしている。担当者は「コントロールは有効である」と結論付けているが、調書にある証拠だけでは、なぜその結論に至ったかが読み取れなかった。この状況における監督者の対応として、最も適切なものはどれか。
A. 担当監査人は経験豊富であるため、その専門的判断を信頼し、結論をそのまま承認する。
B. 結論に至る論理の展開と、それを支える追加の証拠を文書化するよう担当者に指示する。
C. 結論自体が間違っていると判断し、直ちに再監査を命じる。
D. 証拠が不足していても、経営陣がコントロール有効性に同意している場合は、そのまま報告書を作成する。
【解答・解説】
正解と解説を表示
正解(B): 証拠は、第三者(ここではレビューを行う監督者)が同じ結論に達することを可能にするものでなければなりません。論理の飛躍がある場合は、結論の根拠となるプロセスと証拠を補強・文書化させる必要があります。
不正解(A): どんなにベテランであっても、文書化された証拠なしに結論を承認することは、監査基準違反(デュープロフェッショナルケアの欠如)につながります。
不正解(C): 文書化が不十分だからといって、結論自体が「間違い」であるとは限りません。まずは説明と補強を求めるべきです。
不正解(D): 経営陣の同意があっても、監査人としての独立した証拠による裏付け義務は免除されません。
Q3. 「十分な情報を得た、能力のある者が、内部監査人と同じ結論に達することを可能にする」という証拠の要件に関連して、内部監査人が留意すべき「保証(Assurance)」の性質に関する記述として、正しいものはどれか。
A. 内部監査人は、将来の事象について絶対的な保証を提供しなければならないため、すべての取引を精査する証拠が必要である。
B. 証拠の説得力は、数学的な証明と同様に、誰が見ても100%同一の結果になる完全性を備えていなければならない。
C. 内部監査人が提供するのは「合理的な保証」であり、証拠は絶対的な確実性ではなく、慎重な専門家を納得させるレベルのものが求められる。
D. 証拠の収集コストが証拠の有用性を上回る場合であっても、同じ結論に達してもらうためには、コストを度外視して証拠を集める必要がある。
【解答・解説】
正解と解説を表示
正解(C): 監査における「同じ結論」とは、100%の完全一致ではなく、慎重な専門家が証拠を見て「合理的(Reasonable)」に判断した場合の一致を指します。絶対的な確実性は求められません。
不正解(A): 内部監査は「絶対的な保証」を提供しませんし、全件精査(すべての取引のチェック)は通常行いません。
不正解(B): 監査には判断(Judgment)が伴うため、数学のような完全な一意性は保証されません。あくまで「合理的な範囲」での一致です。
不正解(D): 証拠収集においては、常に「コスト対効果」を考慮する必要があります。重要なリスクがない限り、過度なコストをかけることは正当化されません。
