テーマ:組織の「チェックランプ」を見逃すな ~全社的視点と現場視点~

セクションD-3-bは、不正の兆候である「危険信号(レッドフラグ)」を、組織全体(マクロ)と個別の業務(ミクロ)の両面から検出し、その重要性を評価するスキルです。

車のダッシュボードに「エンジン警告灯」が点灯しても、すぐに車が爆発するわけではありません。しかし、それを無視して走り続ければ致命的な故障につながります。

内部監査人は、このランプが点灯した瞬間に気づき、「これはただの接触不良(誤謬)か? それともエンジン故障(不正)か?」を診断しなければなりません。


1. 導入:レッドフラグは「証拠」ではなく「きっかけ」

まず大前提として、レッドフラグ(Red Flags)= 不正の証拠(Evidence)ではありません。 あくまで「詳しく調査すべき異常な状態」です。

監査人は、以下の2つのレベルでアンテナを張る必要があります。

  1. 組織体レベル(Entity Level): 経営陣の姿勢、企業風土、業績プレッシャーなど、組織全体を覆う空気感。
  2. プロセス・レベル(Process Level): 取引記録、文書の不備、従業員の行動など、現場で起きている具体的な事象。

2. 組織体レベルの危険信号(マクロ視点)

これらは主に「経営陣」や「ガバナンス」に関連する兆候です。不正のトライアングルで言えば、「動機(プレッシャー)」や「機会(統制の無視)」を示唆します。

  • トーン・アット・ザ・トップの異常:
    • 経営陣が内部統制やコンプライアンスを軽視している。
    • 監査人に対して威圧的、あるいは情報を隠そうとする。
  • 過度な業績プレッシャー:
    • 現実離れした利益目標を設定し、達成できなければ解雇すると脅している。
    • 株価維持への執着が異常に強い。
  • 複雑すぎる組織構造:
    • 正当な理由なく多数の海外子会社やペーパーカンパニー(SPV)を持っている(資金洗浄や粉飾の隠れ蓑になりやすい)。
  • 高い離職率:
    • 特に経理・財務・法務部門の責任者が頻繁に辞めている(何かを知って逃げ出した可能性がある)。

3. プロセス・レベルの危険信号(ミクロ視点)

これらは日々の業務や取引データに現れる兆候です。

  • 文書・記録の異常:
    • 原本が見当たらない(コピーしかない)。
    • 承認印がない、または書き換えられた跡がある。
    • 「調整」という名目の不明瞭な仕訳(特に期末日)。
  • 取引パターンの異常:
    • ベンフォードの法則(数字の出現確率の法則)に従わないデータ分布。
    • 「キリの良い数字(Round Numbers)」が多すぎる。
    • 特定のベンダーへの支払いが急増している。
  • 行動的(Behavioral)レッドフラグ:
    • 「休暇を取らない」:自分の不正操作を他人に引き継ぎたくないため。
    • 羽振りが良すぎる(身分相応でない高級車や時計)。
    • 業務プロセスを頑なにブラックボックス化したがる。

4. 検出したレッドフラグの「評価(Evaluate)」

レッドフラグを見つけたら、監査人は職業的懐疑心を持って以下を自問します。

  1. 代替的な説明は可能か?
    • 「単なる入力ミス(誤謬)か? システムのバグか?」
  2. 他のレッドフラグと関連しているか?
    • 「記録の不備(プロセス)」と「経営陣のプレッシャー(組織)」が組み合わさっていないか?
  3. 追加の手続きが必要か?
    • 「サンプリング数を増やすか? データ分析(CAATs)を行うか?」

★重要: レッドフラグを評価する際、監査人は「不正が行われている可能性」を排除してはいけません。「あの人はいい人だから」「昔からこうだから」という思い込み(バイアス)は最大の敵です。

5. 試験で狙われる「ひっかけ」ポイント

  1. ×「レッドフラグを発見した場合、直ちに不正が行われたと結論付け、報告書に記載する」
    • 解説: 早計です。レッドフラグはあくまで兆候です。結論付ける前に、追加の監査手続を行い、事実を確認する必要があります。
  2. ×「組織体レベルのレッドフラグは抽象的であるため、プロセス・レベルの監査では無視してよい」
    • 解説: 間違いです。組織レベルの環境(例:プレッシャー)は、現場レベルの不正リスク(例:架空売上)を劇的に高めます。両者はリンクしています。
  3. ×「従業員の個人的な浪費癖はプライベートな問題であり、監査人が考慮すべきレッドフラグではない」
    • 解説: 「生活水準の急激な変化」は、横領の最も強力な行動的レッドフラグの一つです。見逃してはいけません。

まとめ

セクションD-3-bのポイントは、「木(プロセス)」を見て「森(組織)」も見ることです。

  • 森の異変: 経営者がイライラしている、離職率が高い。
  • 木の異変: 書類がない、休暇を取らない。

この両方のサインを感知し、「ここで火災(不正)が起きているかもしれない」と仮説を立てる力が問われます。


【練習問題】パート1 セクションD-3-b

Q1. 内部監査人が財務報告プロセスの監査を行っている。次の状況のうち、不正リスク(特に粉飾決算)を示唆する「組織体レベル(Entity Level)」のレッドフラグとして、最も警戒すべきものはどれか。

A. 経理部門の担当者が、新しい会計システムの操作に不慣れで、入力ミスを繰り返している。

B. 最高経営責任者(CEO)の報酬パッケージが、株価や短期的な利益目標の達成度合いに極端に連動しており、未達の場合はボーナスがゼロになる設計である。

C. 季節変動により、第4四半期の売上が他の四半期よりも高くなる傾向がある。

D. 購買部門において、少額の備品購入に関する承認漏れが数件発見された。

【解答・解説】

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正解(B): 経営陣に対する「極端な業績プレッシャー」や「インセンティブ」は、財務報告不正(粉飾決算)を引き起こす最大の動機となります。これは組織全体に影響を与える組織体レベルのレッドフラグです。

不正解(A): これはプロセスレベルの「誤謬(エラー)」の兆候であり、通常は教育不足やシステムの問題です。

不正解(C): 合理的な理由(季節性)に基づく変動はレッドフラグではありません。

不正解(D): これはプロセスレベルの統制不備ですが、組織全体の粉飾リスクを示すものではありません。


Q2. 購買担当者の行動に関する次の記述のうち、資産の流用(横領やキックバック)を示唆する「行動的レッドフラグ(Behavioral Red Flag)」として最も典型的なものはどれか。

A. 担当者が、会社の経費削減のために複数の業者から相見積もりを積極的に取っている。

B. 担当者が、自分の担当業務のマニュアルを作成し、後任者に引き継ぐ準備を進めている。

C. 担当者が、「自分しかこの業者との交渉はできない」と主張し、長期間にわたり有給休暇を取得することを拒否している。

D. 担当者が、オフィスの自席に家族の写真を飾り、定時で退社することが多い。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(C): 「長期休暇の拒否」や「業務の抱え込み」は、自分の不在中に代理の担当者が不正の証拠(帳簿の不整合や業者との癒着)を発見することを恐れるためにとる典型的な行動です。

不正解(A): 相見積もりの取得は透明性を高める良い行動です。

不正解(B): 業務の文書化や引継ぎは望ましい行動です。

不正解(D): 一般的な行動であり、レッドフラグには当たりません。


Q3. 内部監査人がデータ分析(CAATs)を用いて支払データを検証したところ、特定のベンダーに対する請求書番号が「1001, 1002, 1003…」のように連続していることが判明した。また、そのベンダーの住所は私書箱(P.O. Box)のみであった。この発見事項に対する監査人の評価として、最も適切なものはどれか。

A. 請求書番号の連続はそのベンダーの管理が整っている証拠であり、リスクは低いと評価する。

B. シェルカンパニー(ペーパーカンパニー)を利用した架空請求の可能性が高い「プロセス・レベルのレッドフラグ」であると評価し、実在確認などの追加手続を行う。

C. これは組織体レベルのレッドフラグであり、経営陣が関与している可能性が高いため、直ちに外部の規制当局に通報する。

D. 金額的重要性が低ければ、誤謬の範囲内として無視してよい。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(B): 通常の取引において、特定のベンダーが自社以外にも顧客を持っていれば、自社宛の請求書番号が綺麗に連続することは稀です(他社への請求が入るため)。番号の連続や住所が私書箱のみであることは、そのベンダーが「自社専用に作られた実体のない会社(シェルカンパニー)」である可能性を示す強力なレッドフラグです。

不正解(A): 逆に不自然な兆候です。

不正解(C): まだ調査段階であり、外部通報は早計です。まずは内部で事実確認を行います。

不正解(D): シェルカンパニーを用いた不正は継続的に行われる傾向があり、総額が大きくなる可能性があるため、無視すべきではありません。