【CIA試験講義】パート1 セクションB-5-c: 正当な注意とコスト・ベネフィットの評価
テーマ:完璧を目指して破産するな ~コスト対効果のバランス~
「専門職としての正当な注意(Due Professional Care)」と聞くと、「絶対にミスを見逃さない完璧な仕事」を想像しがちです。 しかし、GIAS(グローバル内部監査基準)はそうではありません。
「100円のボールペンが盗まれるリスクを防ぐために、100万円のセキュリティシステムを導入する」 これは、「正当な注意」を払っていると言えるでしょうか? 答えはNOです。監査リソースの無駄遣いだからです。
このセクションでは、監査計画を立てる際、そして個々の手続きを選択する際に必須となる「コスト(Cost)」と「便益(Benefit)」のバランス感覚について学びます。
1. 正当な注意 ≠ 完璧主義
GIASは明確に述べています。
「正当な注意とは、誤りがないこと(Infallibility)を意味するものではない。」
監査人は限られた時間と予算の中で、最大のリスクに対応しなければなりません。したがって、以下の視点が必要です。
- 絶対的保証は不可能: すべての取引をチェックすることはコスト的に見合いません。
- 合理的な保証(Reasonable Assurance): 「コストに見合った範囲で、重要なリスクはカバーされていますよ」というレベルを目指します。
2. コストと便益の評価要素
監査業務を実施する際、その「コスト」と、得られる「便益(メリット)」を比較検討します。
コスト(Cost)
- 監査コスト: 監査人の人件費、出張費、外部専門家への委託費。
- 被監査部門の負担: インタビュー対応や資料準備にかかる現場の時間(機会費用)。
- コントロール導入コスト: 監査で推奨した改善策(新システム導入など)にかかる費用。
便益(Benefit)
- リスク低減効果: 不正やエラーが減ることで回避できる損失額。
- 効率化: プロセス改善によるコスト削減や時間短縮。
- コンプライアンス: 法的制裁や評判リスクの回避。
★ポイント: 原則として、「便益 > コスト」となる場合にのみ、その監査手続きやコントロールの導入が正当化されます。
3. 具体的な適用例
ケース①:サンプリング調査
- 全件チェック(10,000件)は正確ですが、膨大な時間がかかります(高コスト)。
- 統計的サンプリング(100件)は、誤差のリスクはありますが、大幅に時間を節約できます(低コスト)。
- 正当な注意: リスクの重要度に応じて、サンプリングで十分か、全件チェックが必要かを判断すること。
ケース②:ITツールの活用
- 手作業での突合は時間がかかります。
- データ分析ツール(DA)を導入するには初期投資がかかりますが、長期的には全件監査が可能になり、品質と効率が向上します。
- 正当な注意: 長期的な便益を考慮して、テクノロジーへの投資(コスト)を推奨すること。
4. コンサルティング(アドバイザリー)業務における視点
アドバイザリー業務においても、クライアント(依頼者)に対して「その対策はコストに見合いますか?」と助言することが重要です。 過剰なコントロール(Over-control)は、業務を遅らせ、組織の利益を損なうからです。
まとめ
セクションB-5-cのポイントは、「経済合理性」です。
- 監査人は「リスク警察」ではなく、「ビジネスパートナー」です。
- 「リスクがあるからダメだ」と言うだけでなく、「そのリスク対策にいくらかける価値があるか?」を経営視点で考えることが、真の「正当な注意」です。
【練習問題】パート1 セクションB-5-c
Q1. 内部監査人が、消耗品の在庫管理プロセスを監査している。このプロセスでは、年間損失額が約50万円と見積もられる在庫の紛失リスクがある。監査人は、このリスクを完全に防止するために、年間運用コストが200万円かかる高度なICタグ管理システムの導入を推奨しようとしている。この推奨事項に関する評価として、GIASの「正当な注意」の観点から最も適切なものはどれか。
A. リスクを完全に排除することが内部監査の目的であるため、コストに関わらず最も強力なコントロールを推奨すべきである。
B. コスト(200万円)が潜在的な便益(損失回避額50万円)を大幅に上回っているため、この推奨は「正当な注意」を欠いており、不適切である。
C. 企業の評判リスクを考慮すれば、金額の多寡に関わらず不正ゼロを目指すべきであるため、適切な推奨である。
D. 監査人はコントロールの有効性のみを評価すべきであり、コストについては経営陣が判断すべき事項であるため、推奨して問題ない。
【解答・解説】
正解と解説を表示
正解(B): 内部監査人は、推奨するコントロールの導入コストが、それによって得られる便益(リスク低減効果)に見合っているかを評価しなければなりません。コストが便益を上回る過剰なコントロール(Over-control)を推奨することは、組織の資源を浪費させることであり、専門職としての正当な注意を欠いています。
不正解(A): リスクをゼロにすることは目的ではありません(経済合理性が優先されます)。
不正解(C): 評判リスクが重大であれば別ですが、消耗品の紛失程度では通常考慮されません。
不正解(D): 監査人には、効率性(コスト対効果)を含めて評価する責任があります。
Q2. 内部監査部門長(CAE)が監査計画を策定する際、「専門職としての正当な注意」を適用して、監査資源の配分(コスト)を決定する基準として最も適切なものはどれか。
A. すべての監査対象領域に対して、リスクの大小に関わらず、均等に時間を割り当てる。
B. 過去に不正が発生した部署のみを重点的に監査し、他の部署は監査しない。
C. 監査業務の複雑さ、重要性、およびリスクの大きさを考慮し、潜在的な便益(リスク低減や改善効果)が最も高い領域に優先的に資源を配分する。
D. 監査スタッフが個人的に関心を持っている分野に、最も多くの時間を割り当てる。
【解答・解説】
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正解(C): 監査資源(時間・人・予算)は有限です。正当な注意を払うとは、リスクベース・アプローチに基づき、組織にとって最も重要で価値のある領域(便益の高い領域)にコストを集中させることを意味します。
不正解(A): リスクの低い領域に時間を使いすぎるのは非効率です。
不正解(B): 過去だけでなく将来のリスクも考慮すべきです。
不正解(D): 個人の関心ではなく、組織のリスクが基準です。
Q3. 内部監査人が、海外支店の売掛金確認のために現地へ出張(往査)するか、電子メールでの確認手続きで済ませるかを検討している。この判断において「コストと便益」を評価する際の考慮事項として、適切でないものはどれか。
A. 現地往査にかかる旅費交通費および監査人の移動時間(コスト)。
B. 売掛金の金額的重要性と、回収不能リスクの高さ(便益の大きさ)。
C. 監査人が個人的に海外旅行に行きたいという希望。
D. 電子メール確認のみで済ませた場合に、不正を見落とすリスク(機会費用)。
【解答・解説】
正解と解説を表示
正解(C): 監査手続きの選択において、監査人の個人的な動機(旅行したい等)を含めることは、客観性の侵害であり、倫理的にも不適切です。判断はあくまで業務上のコストとリスク低減効果に基づいて行われるべきです。
不正解(A)、(B)、(D): これらはすべて、監査手続きのコスト対効果を判断するために必要な、正当な評価要素です。
