テーマ:学び続ける者だけが監査人であり続ける ~変化への適応義務~

内部監査人は、一度資格を取れば終わりではありません。それはスタートラインに立ったに過ぎません。 ビジネス環境、テクノロジー、リスク、そして規制は日々変化しています。5年前の知識だけで今日の監査を行うことは、無免許運転と同じくらい危険です。

GIAS(グローバル内部監査基準)は、内部監査人に対し、「継続的専門能力開発(CPD: Continuing Professional Development)」を義務付けています。

このセクションでは、監査人が「いつ」「なぜ」学び続けなければならないのか、その必要性を示す具体的な状況を評価します。


1. 継続的専門能力開発(CPD)とは

CPDとは、専門職としての能力(知識、スキル、コンピテンシー)を維持・向上させるための継続的な学習活動のことです。 IIA(内部監査人協会)は、CIA資格保持者に対し、年間一定時間(実務者は40時間など)のCPE(Continuing Professional Education)単位の取得を義務付けています。

学習の対象領域

  • 技術的スキル: データ分析、IT監査、会計基準、不正調査技術。
  • ソフトスキル: コミュニケーション、リーダーシップ、批判的思考。
  • ビジネス知識: 業界動向、戦略的リスク、ESG。

2. CPDが必要とされる「状況」の評価

監査人は、自身の能力不足を認識し、学習が必要となるサイン(状況)を見逃してはいけません。

状況①:新しいテクノロジーの導入

  • サイン: 会社がクラウドシステムやAIを導入したが、監査チームにはその仕組みを理解できる人がいない。
  • アクション: 外部研修やウェビナーで最新技術を学ぶ。

状況②:法規制や基準の変更

  • サイン: 新しい環境規制や個人情報保護法が施行される。または、GIAS(内部監査基準)自体が改訂される(まさに今!)。
  • アクション: 最新の基準書やガイドラインを読み込み、理解をアップデートする。

状況③:監査対象の変化(事業拡大)

  • サイン: 会社が海外に進出した、あるいはM&Aで異業種を買収した。
  • アクション: 新しい市場の商習慣や、異業種のリスクについて学習する。

状況④:QAIP(品質評価)での指摘

  • サイン: 外部品質評価で「監査人のスキル不足」を指摘された。
  • アクション: 弱点分野を特定し、集中的なトレーニング計画を立てる。

3. 「専門的能力(Proficiency)」の維持責任

GIASでは、個々の監査人とCAE(内部監査部門長)の双方に責任があります。

  • 個々の監査人: 自分のキャリアと能力開発に責任を持ち、自発的に学習する。
  • CAE: 部門全体のスキルセットを評価し、足りない能力を開発(研修)するか、調達(採用・外部委託)する計画を立てる。

4. 学習を怠ることのリスク

CPDを怠ると、以下のようなリスクが生じます。

  • 監査の失敗: 新しいリスクを見落とす。
  • 信頼の喪失: 経営陣から「時代遅れで役に立たない」とみなされる。
  • 資格の喪失: CIA資格が停止される。
  • 基準違反: 「専門職としての正当な注意(Due Professional Care)」を果たしていないとみなされる。

まとめ

セクションB-4-hのポイントは、「錆びつかないためのメンテナンス」です。

  • 監査人の知識は「生鮮食品」です。時間が経てば鮮度が落ち、価値がなくなります。
  • 「監査業務を通じて学ぶ(OJT)」だけでなく、「意図的に新しい知識を取りに行く(CPD)」姿勢が、専門職としての寿命を延ばします。

【練習問題】パート1 セクションB-4-h

Q1. 内部監査部門長(CAE)は、年間の監査計画を見直している際、組織が新たに「暗号資産(仮想通貨)」に関連する事業を開始することを知った。現在の監査チームにはブロックチェーン技術に関する知識を持つメンバーがいない。この状況において、GIASが求めるCAEの対応として最も適切なものはどれか。

A. 暗号資産はリスクが高すぎるため、監査対象から除外する。

B. 既存のスタッフに自習を命じ、来年までに知識を習得させるが、それまでは監査を実施しない。

C. 必要な専門知識(Proficiency)が不足していることを認識し、外部の専門家を活用するか、または監査スタッフに対して早急に専門的なトレーニング(CPD)を実施して能力を開発する。

D. 監査の基本原則は変わらないため、専門知識がなくても一般的な監査手続きで対応する。

【解答・解説】

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正解(C): 組織の事業環境の変化により、監査チームの現在のスキルセットでは対応できない領域(スキルギャップ)が生じた場合、CAEはそのギャップを埋める責任があります。トレーニングによる能力開発(Development)か、外部リソースの調達(Procurement)により、必要な専門的能力を確保しなければなりません。

不正解(A): リスクが高いからこそ監査が必要です。回避は責任放棄です。

不正解(B): 監査の空白期間を作ることはリスクを見逃すことになります。

不正解(D): 専門知識なしに高度な技術領域を監査することは、「正当な注意」の欠如にあたり、監査の失敗を招きます。


Q2. CIA(公認内部監査人)資格を持つ内部監査人が、毎年のCPE(継続的専門教育)単位の取得を怠り、資格認定要件を満たさなくなった。この監査人が直面する職業上のリスクとして、最も直接的なものはどれか。

A. 監査業務を行う法的権利を失い、解雇される。

B. 専門職としての適格性(Proficiency)を維持していないとみなされ、CIA資格の使用を禁止される(資格停止)、およびステークホルダーからの信頼を損なう。

C. 過去に実施したすべての監査報告書が無効となる。

D. 給与が自動的に減額される。

【解答・解説】

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正解(B): IIAの基準および資格要件では、CPD(CPE)の継続が資格維持の条件です。これを怠ると、CIAとしての称号を使用できなくなるだけでなく、専門職としての最新の知識やスキルを保持していないとみなされ、監査人としての信頼性(Credibility)を失います。

不正解(A): 内部監査は独占業務資格(医師や弁護士のような)ではないため、直ちに法的権利を失うわけではありませんが、組織内での評価には影響します。

不正解(C): 過去の業務まで遡及して無効にはなりません。

不正解(D): 組織の規定によりますが、自動的な減額は一般的ではありません。


Q3. 次のシナリオのうち、内部監査人が「継続的な専門能力開発(CPD)」を追求する必要性が最も高い状況はどれか。

A. 組織が過去30年間変わらない伝統的な製造プロセスを維持しており、監査人もそのプロセスに熟知している場合。

B. 監査人が、監査業務の効率化のために、これまで使用したことのないデータ分析ツール(PythonやPower BIなど)を導入しようとしている場合。

C. 監査人が定年退職を控えており、新しい業務を担当する予定がない場合。

D. 監査対象部門の業務マニュアルに誤字脱字が多いことが判明した場合。

【解答・解説】

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正解(B): 新しいツールや技術を導入する際は、それを使いこなすための新たなスキルが必要です。これは監査人が自らの能力を拡張し、変化に適応するためにCPDを追求すべき典型的な状況です。

不正解(A): 変化がない場合でも維持は必要ですが、Bほど切迫した開発ニーズではありません。

不正解(C): 退職直前であっても専門職としての責任は続きますが、将来への投資という意味での必要性は相対的に低くなります。

不正解(D): これは監査の発見事項であり、監査人自身の能力開発ニーズとは直接関係ありません。