【CIA試験講義】パート1 セクションB-4-d: 説得および交渉スキルの適用
テーマ:対立を「協働」に変える技術 ~正しいことを「実現させる」力~
内部監査人は、耳の痛い指摘(バッドニュース)を伝えたり、現状の変更(改善)を求めたりする仕事です。
そのため、現場のマネジメントやステークホルダーとの間で「対立(Conflict)」や「抵抗(Resistance)」が生じるのは、ある意味で必然です。
しかし、「監査権限」を振りかざして相手を論破するだけでは、真の改善は進みません。 GIAS(グローバル内部監査基準)は、監査人に対し、単に正論を吐くだけでなく、相手を納得させ、合意形成を図るための「説得(Persuasion)」および「交渉(Negotiation)」のスキルを求めています。
1. 監査における「交渉」のルール
監査人が交渉するのは、「自分の利益」のためではなく、「組織の価値」を守るためです。 ここで重要なのは、「交渉して良いこと」と「いけないこと」の境界線です。
- × 交渉してはいけないこと(譲れない一線):
- 事実(Facts): エラーがあったという事実そのもの。
- 基準(Standards): 法令や社内規定の要求事項。
- 客観性(Objectivity): 監査人の独立した判断。
- これらを相手の顔色をうかがって曲げるのは「妥協(Compromise)」ではなく「隠蔽」です。
- 〇 交渉すべきこと(柔軟性を持つ部分):
- 改善策の具体的方法: 「システム改修が無理なら、運用でカバーする代替案はありませんか?」
- 実施のタイムライン: 「今すぐは無理でも、3ヶ月後なら可能ですか?」
- 報告の表現: 事実を曲げない範囲で、より建設的なトーンにする。
2. 効果的な「説得」のアプローチ
相手に「YES」と言わせるためには、相手の視点に立つ必要があります。
- 共通のゴールを確認する:
- 「私たち(監査人)もあなた(被監査者)も、会社を良くしたいという目的は同じですよね?」という前提に立つ。
- WIIFM(What’s In It For Me?)を示す:
- 「この改善を行うことは、あなた(現場)にとっても業務効率化やリスク低減というメリット(私にとっての利益)がありますよ」と伝える。
- 論理と感情のバランス:
- データ(論理)で裏付けつつ、相手の苦労や懸念に共感(感情)を示すことで信頼を得る。
3. 対立(Conflict)の管理スタイル
監査業務で意見の食い違いが起きた際、監査人は状況に応じてアプローチを使い分ける必要がありますが、基本的には「協調的アプローチ」を目指します。
- 協調(Collaborating): 【推奨】
- お互いの懸念を出し合い、双方が納得できる「第3の案(Win-Win)」を探る。時間がかかるが、根本解決につながる。
- 妥協(Compromising):
- お互いに少しずつ譲り合う。「痛み分け」。時間がない場合の次善の策。
- 強制(Competing):
- 権限を使って押し通す。重大な不正や緊急事態以外では、長期的関係を損なうため避けるべき。
- 回避(Avoiding):
- 問題を先送りにする。監査人としては最も不適切な対応(問題が解決しないため)。
4. チームメイトとの協働
説得や交渉は、対ステークホルダー(外部)だけでなく、監査チーム内(内部)でも必要です。 意見の異なるメンバーがいる場合、CAEやチームリーダーは、頭ごなしに命令するのではなく、多様な視点を活かして最良の結論を導くためのファシリテーション能力が問われます。
まとめ
セクションB-4-dのポイントは、「Right(正しい)」であるだけでなく「Effective(効果的)」であれ、ということです。
- 正しい指摘をしても、相手がへそを曲げて改善してくれなければ、組織のリスクは減りません。
- 監査人は、「敵対者」ではなく「信頼できるアドバイザー」として認識されるよう、人間関係スキル(ソフトスキル)を駆使して、組織を動かす必要があります。
【練習問題】パート1 セクションB-4-d
Q1. 内部監査人は、重要なコントロールの欠陥を発見し、最高水準のセキュリティシステムの導入を推奨事項として提案した。しかし、被監査部門の責任者は「予算不足でそのシステムの導入は不可能だ」と強く反発している。この「対立」を解決するために、監査人が適用すべき交渉スキルとして最も適切なものはどれか。
A. 監査人の提案が「あるべき姿(ベストプラクティス)」であることを主張し、受け入れられるまで報告書の提出を拒否する(強制)。
B. 責任者の主張を受け入れ、予算がない以上は仕方がないとして、指摘事項自体を取り下げる(回避)。
C. 責任者の「予算の制約」という事情(Interest)を理解した上で、セキュリティリスクを許容範囲まで低減できる、より安価な代替コントロール(手作業による監視の強化など)がないか共同で検討する(協調)。
D. 取締役会に直訴し、被監査部門に予算を強制的に配分させるよう依頼する。
【解答・解説】
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正解(C): 交渉において重要なのは、相手の「立場(Position:導入反対)」ではなく「利害・事情(Interest:予算がない)」に着目することです。監査の目的は「高価なシステムを入れること」ではなく「リスクを下げること」です。リスク低減という共通のゴールに向け、予算内で実現可能な代替案を協働して探る姿勢が、最も効果的な解決策です。
不正解(A): 相手の事情を無視した強硬手段は、関係を悪化させ、改善の実行を遅らせます。
不正解(B): 予算を理由にリスクを放置することは、監査人の責任放棄です。
不正解(D): 現場での解決努力を尽くさずに上位機関を使うのは、最終手段であり、まずは当事者間での交渉を優先すべきです。
Q2. 監査チーム内で、ある発見事項を監査報告書に含めるべきかどうかについて、2人の監査人の意見が対立している。1人は「重要性が低いので不要」とし、もう1人は「将来のリスクを考えれば記載すべき」と主張している。チームリーダーがこの対立を管理する方法として、最も適切なものはどれか。
A. 議論は時間の無駄であるため、リーダーの権限で即座に一方の意見を採用し、もう一方を却下する。
B. 両者の意見を十分に聴取し、それぞれの根拠(GIASの基準やリスク評価)を確認した上で、チームとして監査目的に最も合致する結論を導き出すための議論をファシリテートする。
C. 2人の関係が悪化しないよう、その発見事項については触れないことにして問題を先送りする。
D. 多数決で決める。
【解答・解説】
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正解(B): チーム内の意見対立は、より良い結論を出すための健全なプロセスになり得ます。リーダーは、多様な視点を歓迎し、感情的な対立ではなく「論理と証拠」に基づいた建設的な議論を促進(ファシリテート)することで、監査品質を高めることができます。
不正解(A): 独断的な決定はチームの士気を下げ、重要な視点を見落とす可能性があります。
不正解(C): 「回避」は問題解決になりません。
不正解(D): 専門的な判断は多数決ではなく、リスクの重要性や基準との適合性に基づいて行われるべきです。
Q3. 内部監査人は、営業部門長に対して「コンプライアンス研修の受講率が低い」という問題を報告し、改善を求めている。しかし営業部門長は「売上目標の達成が最優先であり、研修に割く時間はない」と主張している。営業部門長を「説得」するために、監査人が強調すべきポイントとして最も効果的なものはどれか。
A. 「監査部門の指示に従わないと、あなたの評価が下がりますよ」という威嚇。
B. 「ルールですから守ってください」という規則一点張りの主張。
C. 「コンプライアンス違反が発生した場合、営業停止や社会的信用の失墜により、苦労して達成した売上が一瞬で無駄になるリスクがある(営業部門の利益を守るためである)」という説明。
D. 「他の部門はみんなやっていますよ」という同調圧力。
【解答・解説】
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正解(C): 説得の基本は、相手のメリット(WIIFM)に訴えることです。「コンプライアンスは営業の邪魔」と考えている相手に対し、「コンプライアンスこそが営業成果を守る土台である」という視点(リスクベースの視点)を提供し、組織の長期的な利益と個人の目標達成を結びつけて説明することが、最も行動変容を促します。
不正解(A)、(B)、(D): これらは相手の自発的な協力を引き出すものではなく、一時的な服従しか生まないか、あるいは反発を招く可能性が高いアプローチです。
