テーマ:脳のクセを知る ~自分自身を疑う力~

内部監査人は「客観的(Objective)」であることが求められます。 しかし、私たちは人間です。どれほど専門知識があっても、脳の認知機能に組み込まれた「バイアス(偏見・思い込み)」から完全に自由になることはできません。

このセクションでは、GIASが特に注意を喚起している2つの主要なバイアス、すなわち「自己評価のバイアス(Self-review Threat)」と「親近性バイアス(Familiarity Threat)」について学びます。

これらがどのように監査人の目を曇らせ、誤った結論に導くのか、そしてどうすればそれを防げるのかを理解することが重要です。


1. 客観性(Objectivity)の定義と敵

客観性とは、「偏見のない精神的態度(Unbiased Mental Attitude)」のことです。 事実をありのままに見ることであり、自分の希望や他人の意見に左右されないことです。

しかし、以下のバイアスがこの客観性を静かに、しかし強力に侵食します。

2. 自己評価のバイアス(Self-review Threat)

「自分でやった仕事を、自分でチェックする」ときに生じるバイアスです。

  • 心理メカニズム:
    • 人間は、自分の過去の行動や決定を正当化したい、間違いを認めたくないという無意識の欲求を持っています。
    • 「自分が作ったマニュアルだから完璧なはずだ」「あの時しっかり確認したから大丈夫だ」と思い込んでしまいます。
  • 典型的な状況:
    • 以前コンサルティング(アドバイザリー)で導入支援したシステムを、今度は監査人として評価する場合。
    • 経理部から異動してきたばかりの監査人が、自分が担当していた決算業務を監査する場合。
  • 影響:
    • 不備やリスクを見逃す(過小評価する)。
    • テストの手続きを甘くする。

3. 親近性バイアス(Familiarity Threat)

「相手と親しすぎる、または信頼しすぎている」ときに生じるバイアスです。

  • 心理メカニズム:
    • 長期間同じ相手と接していると、相手への好意や信頼が生まれ、「あの人はいい人だから不正なんてするはずがない」と思い込んでしまいます。
    • これを「なれ合い」とも呼びます。
  • 典型的な状況:
    • 同じ監査人が、同じ部署(または同じ担当者)を長年監査し続けている場合。
    • 被監査部門の責任者が、かつての上司や親しい友人である場合。
  • 影響:
    • 相手の説明を鵜呑みにし、裏付け証拠(証憑)の確認を省略する。
    • 厳しい質問や指摘をためらう。

4. バイアスへの対策(防御措置)

バイアスは無意識に発生するため、「気をつける」だけでは防げません。仕組みで対抗する必要があります。

  • ローテーション(Rotation):
    • 監査担当者を定期的に入れ替えることで、親近性バイアスを防ぎます。
  • クーリングオフ期間:
    • 以前所属していた部署の監査は、一定期間(通常1年以上)行わせないことで、自己評価バイアスを防ぎます。
  • スーパーバイズ(監督):
    • 監査調書や報告書を、別の監査人(CAEやマネジャー)がレビューし、客観的な視点でチェックします。

まとめ

セクションB-2-aのポイントは、「人間心理の弱点」です。

  • 「自分がやった」 → 甘くなる(自己評価バイアス)。
  • 「知ってる人がやった」 → 甘くなる(親近性バイアス)。

試験では、具体的なシチュエーションが提示され、「ここで発生しているバイアスは何か?」「どう対処すべきか?」が問われます。 「監査人はプロだから大丈夫」という精神論ではなく、「構造的な脅威」として認識することが正解への鍵です。


【練習問題】パート1 セクションB-2-a

Q1. 内部監査人が、かつて自身が導入プロジェクトのリーダーを務めた「在庫管理システム」の監査を担当することになった。この監査人が直面する可能性が最も高い客観性への脅威(バイアス)はどれか。

A. 親近性バイアス(Familiarity Threat):プロジェクトメンバーと仲が良いため、厳しく指摘できない。

B. 自己評価バイアス(Self-review Threat):自分が構築に関わったシステムの欠陥を認めることに心理的な抵抗が生じ、評価が甘くなる。

C. 威嚇の脅威(Intimidation Threat):システム部門長から圧力を受けている。

D. 金銭的利害関係の脅威(Financial Interest Threat):システムの成功によってボーナスが決まる。

【解答・解説】

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正解(B): 自分が過去に関与(設計・導入・実行)した業務やシステムを監査する場合、無意識に自分の成果物を守ろうとする心理が働き、客観的な評価が困難になります。これを「自己評価(自己レビュー)の脅威」と呼びます。

不正解(A): メンバーとの関係も要因になり得ますが、設問の「自身がリーダーを務めたシステム」という文脈では、自己評価バイアスが最も直接的な脅威です。

不正解(C)、(D): 設問の状況からは読み取れません。


Q2. ある内部監査人は、製造部門の監査を5年連続で担当している。工場長とは毎回の監査で顔を合わせ、昼食を共にするなど良好な関係を築いている。今回の監査で、工場長から「在庫の差異は軽微な入力ミスだ」と説明を受けた際、監査人はその説明を信頼し、詳細な証憑突合を行わずに「問題なし」とした。この状況で監査人の判断に影響を与えたバイアスはどれか。

A. 確証バイアス(Confirmation Bias)

B. アンカリング効果(Anchoring Effect)

C. 親近性バイアス(Familiarity Threat)

D. 自己評価バイアス(Self-review Threat)

【解答・解説】

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正解(C): 長期間の担当や個人的な親密さは、相手に対する過度な信頼や同情を生み、「疑うべき時に疑わない」という状況を招きます。これを「親近性バイアス(なれ合い)」と呼び、客観性を損なう主要な要因の一つです。

不正解(A): 自分の仮説に合う情報ばかり集めるバイアスです。

不正解(B): 最初に提示された数字や情報に判断が引きずられるバイアスです。

不正解(D): 自分の仕事を監査しているわけではありません。


Q3. 内部監査部門長(CAE)は、監査スタッフの客観性が「親近性バイアス」によって損なわれるリスクを軽減するために、どのような施策を講じるべきか。

A. 監査スタッフが被監査部門の担当者と会話することを禁止する。

B. 定期的に監査担当者をローテーション(交代)させ、同一の監査人が長期間同じ部門を担当し続けないようにする。

C. 監査スタッフに対して、被監査部門の担当者を敵とみなすよう指導する。

D. 親近性バイアスは個人の性格の問題であるため、性格検査を実施して採用を決める。

【解答・解説】

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正解(B): スタッフ・ローテーションは、親近性バイアス(なれ合い)を防ぐための最も効果的かつ標準的な防御措置(セーフガード)です。常に新鮮な視点で監査を行うことで、癒着や過度の信頼を防ぎます。

不正解(A): コミュニケーションの断絶は監査の効率と有効性を著しく低下させます。

不正解(C): 敵対的な態度は信頼関係を損ない、情報の入手を困難にします。プロフェッショナルな距離感を保つことが重要です。

不正解(D): バイアスは人間の脳の機能であり、性格だけで完全に排除することはできません。仕組み(ローテーション)での対応が必要です。