テーマ:「コックピットの計器」は正常か? ~意思決定を支える情報の質~

経営陣や取締役会は、日々の意思決定(舵取り)を行う際、現場から上がってくる様々な「報告レポート」に依存しています。 もし、このレポート(計器)が壊れていて、本当は高度が下がっているのに「上昇中」と表示されていたらどうなるでしょうか? 経営陣は自信満々で墜落することになります。

このセクションでは、経営陣が正しい判断を下すための前提となる「経営管理者報告(Management Reporting)」が、信頼できるプロセスで作られているかを評価するアシュアランス業務について学びます。


1. 経営管理者報告プロセスとは?

これは、組織内部での意思決定や管理のために使用される情報が、収集・加工・報告される一連の流れを指します。 ここで重要なのは、「財務諸表(外部報告)」だけではないということです。

対象となる情報の例

財務情報: 予算対実績差異分析、部門別損益、キャッシュフロー予測。

非財務情報(オペレーショナル):

  • 営業パイプライン(見込み客)の状況
  • 工場の稼働率や不良品率
  • 顧客満足度(NPS)スコア
  • プロジェクトの進捗状況(進み具合、コスト消化率)
  • ESG(環境・社会・ガバナンス)データ

2. なぜこの監査が必要なのか?(GIGOの防止)

ITの世界に「GIGO(Garbage In, Garbage Out:ゴミが入ればゴミが出る)」という言葉があります。 入力データが間違っていれば、どんなに優秀な経営陣が高度な分析をしても、出てくる結論(意思決定)は間違ったものになります。

内部監査人の役割は、経営陣が見ているレポートが「ゴミ」でないことを保証することです。

主なリスク

  • データの誤り: 手入力によるミスや、システムの計算エラー。
  • 意図的な操作: 部門長が業績を良く見せるために、悪いデータを隠す(情報の非対称性)。
  • タイミングの遅れ: 来月の倒産危機を、再来月に報告しても手遅れです。

3. 監査の評価ポイント(情報の質の属性)

監査人は、経営管理者報告プロセスを評価する際、以下の「情報の質(Quality of Information)」の属性に着目します。

  1. 正確性(Accuracy): 数字や事実に間違いがないか?
  2. 完全性(Completeness): 必要な情報がすべて含まれているか?(不都合な事実が除外されていないか?)
  3. 適時性(Timeliness): 意思決定に間に合うタイミングで提供されているか?
  4. 関連性(Relevance): 受信者(経営陣)にとって意味のある情報か?(不要なデータで埋もれていないか?)
  5. 理解可能性(Understandability): 専門用語だらけや複雑すぎる表ではなく、直感的に理解できるフォーマットか?

4. 監査の手続き例

  • データの追跡(Tracing): レポート上の数字を、元のソースデータ(システムログや伝票)まで遡って照合する。
  • 定義の確認: 「売上」や「解約率」などのKPIの定義が、全社で統一されているか確認する(A支店とB支店で計算式が違うと比較できない)。
  • インタビュー: レポートを受け取る経営陣に対し、「このレポートは役に立っていますか? 何か不足していますか?」とヒアリングする。

まとめ

セクションA-5-gのポイントは、「意思決定の支援」です。

  • 財務諸表監査は「投資家のため」に行いますが、経営管理者報告プロセスの監査は「経営陣のため」に行います。
  • 「数字が合っているか」だけでなく、「経営の役に立つか(関連性・適時性)」という視点が重要になります。

【練習問題】パート1 セクションA-5-g

Q1. 内部監査人が「経営管理者報告プロセス」の監査を実施する主な目的として、最も適切な記述はどれか。

A. 外部の投資家や債権者に対して、組織の財務状態を法的に保証するため。

B. 経営陣や取締役会が、組織の状況を正確に把握し、適切な意思決定を行うために使用する情報の信頼性と有用性を確保するため。

C. 従業員の給与計算における源泉徴収税額の計算ミスを発見し、税務署への修正申告を行うため。

D. 競合他社の機密情報を入手し、経営陣に報告することで市場優位性を確保するため。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(B): 経営管理者報告(マネジメント・レポーティング)は、組織内部での意思決定やモニタリングに使用されます。このプロセスの監査は、経営陣が「正しい地図(情報)」を持って経営判断を行えるように支援することを目的としています。

不正解(A): これは「財務会計(外部報告)」の目的であり、管理会計や内部報告とは区別されます。

不正解(C): これは特定のコンプライアンスまたは財務プロセスの監査であり、経営報告全体の目的としては狭すぎます。

不正解(D): 競合情報の不正入手は倫理規定違反であり、内部監査の業務ではありません。


Q2. 内部監査人が営業部門の「月次業績報告プロセス」を監査している。報告書の数値は正確であったが、その報告書が経営会議に提出されるのは、対象月の終了から2ヶ月後であることが判明した。この状況において、監査人が指摘すべき「情報の質」の欠如はどれか。

A. 正確性(Accuracy)

B. 完全性(Completeness)

C. 適時性(Timeliness)

D. 機密性(Confidentiality)

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(C): 情報がいかに正確でも、意思決定が必要なタイミング(旬)を過ぎてから提供されては価値が激減します。「2ヶ月遅れ」の報告は、迅速な対策を打つための「適時性」を欠いており、経営管理上のリスクとなります。

不正解(A): 設問で「数値は正確であった」と述べられています。

不正解(B): 情報が欠落しているわけではありません。

不正解(D): 情報漏洩の問題については言及されていません。


Q3. 経営管理者報告プロセスの監査において、監査人が評価対象とすべき「非財務情報(Non-financial information)」の例として、最も適切なものはどれか。

A. 貸借対照表における現金預金の残高。

B. 損益計算書における売上原価率。

C. 顧客満足度調査(NPS)の結果および顧客離脱率(チャーンレート)。

D. 法人税等の未払計上額。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(C): 現代の経営判断において、財務数値だけでなく、顧客満足度、品質データ、従業員エンゲージメント、ESG指標などの「非財務情報」が極めて重要になっています。経営管理者報告プロセスの監査では、これらの指標の信頼性も評価対象となります。

不正解(A)、(B)、(D): これらはすべて「財務情報」に該当します。