テーマ:刑事か、医師か? ~調査への関わり方と「一線」~

セクションD-5-aは、実際に不正の疑いが生じ、調査(Investigation)フェーズに入った際、内部監査部門がどのような立ち位置で振る舞うべきかを定義するパートです。

内部監査人は「社内の警察」と思われがちですが、GIAS(グローバル内部監査基準)において、その役割は慎重に定義されています。「やるべきこと」と「やってはいけないこと」の境界線を明確に理解しましょう。


1. 導入:調査(Investigation)とは何か

通常の監査と不正調査は、目的と手法が異なります。

  • 監査(Audit): プロセスが有効か、誤りがないかを確認する(再発防止・改善志向)。
  • 調査(Investigation): 誰が、いつ、何を、なぜ行ったのか、事実関係と証拠を固める(事実認定・処分志向)。

2. 内部監査部門の役割(4つのパターン)

組織によって内部監査部門に求められる役割は異なりますが、主に以下のパターンがあります。

  1. 主導的役割(Lead): 内部監査部門が直接調査チームを指揮し、証拠収集やインタビューを行う。
  2. 支援的役割(Support): 法務部門や外部の専門家(弁護士、公認不正検査士)が主導し、内部監査人はデータ分析や文書確認でサポートする。
  3. 監視的役割(Oversight): 調査自体には関与せず、調査プロセスが適切に行われているかをモニタリングする。
  4. 関与なし(No Role): 完全に外部機関やセキュリティ部門に委任する。

★ポイント: どの役割を担うかは「内部監査憲章」や「組織の方針」によりますが、「能力(Proficiency)」がない場合は、決して主導してはいけません。

3. 絶対的な制約事項(やってはいけないこと)

内部監査人が調査に関わる際、以下の「一線」を越えてはいけません。

  • × 法的な「有罪(Guilty)」の認定: 監査報告書に「彼は有罪である」「横領犯である」と書いてはいけません。それは裁判所が決めることです。監査人は「不正が行われたことを示す証拠がある」という事実のみを記述します。
  • × 専門外の尋問(Interrogation): 自白を引き出すための高度な尋問は、訓練を受けていない監査人が行うと、人権侵害や証拠能力の喪失(法的に無効になる)リスクがあります。
  • × 必要な協議の省略: 調査開始前や証拠確保時には、必ず法務部門(Legal Counsel)と連携し、法的なリスクを回避しなければなりません。

4. 必要な「能力(Proficiency)」

GIASでは、不正調査を行う監査人に対し、通常の監査以上の専門的能力を求めています。

  • 知識: 不正の手口、法的証拠の保全ルール、インタビュー技法。
  • 技術: デジタル・フォレンジック(PCやメールの復元・解析)、データ分析。

もし内部監査部門内にこのスキルセットがない場合、CAE(内部監査部門長)は外部の専門家(CIFEなど)を調達する義務があります。「勉強のためにやってみよう」は許されません。

5. 調査後の役割

調査が完了した後、内部監査人には重要な仕事が残っています。

  • コントロールの再評価: 「なぜ不正を防げなかったのか?」という根本原因を分析し、内部統制の改善を提案する。
  • 再発防止策のモニタリング: 提案された改善策が実際に導入されたかを確認する。

まとめ

セクションD-5-aのポイントは、「自分の守備範囲を知る」ことです。

  • Can Do: 事実の確認、証拠の収集(スキルがあれば)、プロセスの評価。
  • Cannot Do: 有罪判決、無理な自白の強要、スキルを超えた調査。

内部監査人は「組織の正義」を守る存在ですが、その手段はあくまで専門職としてのルールの範囲内で行われなければなりません。


【練習問題】パート1 セクションD-5-a

Q1. 内部監査部門長(CAE)は、経理部門における横領の疑いについて調査を依頼された。しかし、現在の内部監査チームには、不正調査や尋問技術に関する十分な経験を持つスタッフがいない。この状況におけるCAEの対応として、GIASに基づき最も適切なものはどれか。

A. 経験不足であっても、実地経験を積む良い機会であるため、内部スタッフのみで調査を開始するよう指示する。

B. 調査を行う能力(Proficiency)が不足していることを経営陣に伝え、外部の専門家(弁護士や公認不正検査士)の起用や支援を提案する。

C. 不正調査は内部監査の本来業務ではないため、依頼を拒否し、一切関与しないと回答する。

D. 証拠が消される前に、直ちに被疑者を呼び出し、自白するまで厳しく追及するようスタッフに命じる。

【解答・解説】

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正解(B): GIASの「適正な専門的配慮(Due Professional Care)」および「能力(Proficiency)」の基準により、必要なスキルや知識を持たない業務を実施してはなりません。CAEはリソース不足を認識し、外部専門家の支援を仰ぐ義務があります。

不正解(A): 能力不足のまま調査を行うと、証拠を毀損したり法的リスクを招いたりするため不適切です。

不正解(C): 不正への対応は内部監査の範囲内であり、適切なリソースを確保した上で関与すべきです。

不正解(D): スキルなしの尋問は人権侵害や訴訟リスクが高く、絶対に行ってはいけません。


Q2. 内部監査人が実施した不正調査の結果をまとめた「調査報告書」の記述として、最も適切でない(避けるべき)表現はどれか。

A. 「調査の結果、承認のない出金伝票が15件発見され、総額は300万円であった。」

B. 「発見された証拠とインタビュー内容は、経理担当者が会社の資金を私的に流用したことと矛盾しない。」

C. 「経理担当者は刑法上の横領罪を犯しており、有罪であると結論付けられる。」

D. 「購買プロセスにおける職務分掌の不備が、今回の不正行為を可能にした主な要因である。」

【解答・解説】

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正解(C): 内部監査人は、法的判断(有罪・無罪の決定)を行う権限を持っていません。「有罪である(Guilty)」といった法的な断定用語の使用は避け、あくまで「事実」や「証拠が示す内容」を記述しなければなりません。

不正解(A): 客観的な事実の記述であり適切です。

不正解(B): 証拠に基づく慎重な表現(~と矛盾しない、~を示唆する)であり適切です。

不正解(D): 内部統制の不備(根本原因)への言及は、内部監査の重要な役割です。


Q3. 組織内で大規模な不正調査が行われることになった。この際、内部監査部門が果たすべき役割について、以下の記述のうち正しいものはどれか。

A. 内部監査部門は、必ずすべての不正調査を指揮・主導しなければならない。

B. 内部監査部門は、調査の過程で発見された証拠保全のために、法務部門と連携する必要はない。

C. 内部監査部門の主な役割の一つは、調査完了後に、不正が発生した根本原因(内部統制の欠陥)を評価し、再発防止策を提言することである。

D. 内部監査部門は、調査対象となった従業員の処罰内容(解雇など)を決定する最終権限を持つ。

【解答・解説】

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正解(C): 調査そのものの主導権はケースバイケース(法務や外部専門家の場合もある)ですが、調査後の「なぜ起きたか(統制の不備)」の分析と、将来に向けた「改善提案」は、内部監査人が担うべき最も重要な付加価値のある役割です。

不正解(A): 専門性や事案の性質により、法務部門や外部が主導する場合もあります。必ずしもIAが主導するわけではありません。

不正解(B): 法的証拠能力を確保するため、法務部門との連携は必須です。

不正解(D): 処分の決定は人事権を持つ経営陣の役割であり、監査人の権限外です。