テーマ:井の中の蛙にならないために ~「最高」との比較~

組織が成長するためには、「昨年の自分」と比べるだけでは不十分です。「業界のリーダー」や「世界最高のプロセス」と比べて、自社の立ち位置を知る必要があります。これを体系的に行う手法が「ベンチマーキング(Benchmarking)」です。

内部監査人がアドバイザリー業務としてベンチマーキングに関与することは、組織に客観的なデータ(事実)と改善のヒント(洞察)を提供する非常に強力な手段です。 このセクションでは、監査人がどのようにしてこの「比較と学習のプロセス」を支援するのかを学びます。


1. ベンチマーキングとは何か?

ベンチマーキングとは、自社の製品、サービス、プロセスを、競合他社や一流企業(ベスト・イン・クラス)のそれと比較・測定し、「ベストプラクティス(最良の慣行)」を取り入れて改善を図る手法です。

目的: 単なる順位付けではありません。「なぜ彼らは優れているのか?」というギャップ(差異)の原因を特定し、自社の改善につなげることです。

2. ベンチマーキングの種類

比較対象によって、いくつかのタイプに分かれます。試験ではこの区別が問われることがあります。

  1. 競合ベンチマーキング(Competitive):
    • 直接のライバル企業と比較する。
    • 例:トヨタがホンダの生産効率と比較する。
  2. 機能的ベンチマーキング(Functional / Process):
    • 業界は異なるが、同じ「機能(プロセス)」を持つ優れた企業と比較する。
    • 例:航空会社が、F1チームのピットクルーの「早業」を参考に、機体整備のプロセスを改善する。
  3. 内部ベンチマーキング(Internal):
    • 同じ組織内の他部署や支店と比較する。
    • 例:東京支店の営業手法を、大阪支店と比較する。
  4. 一般的ベンチマーキング(Generic):
    • 業種を問わず、一般的なプロセス(例:注文受付)を比較する。

3. 内部監査人の役割(ファシリテーターとして)

アドバイザリー業務において、内部監査人は以下のステップを支援します。

① 計画とデータ収集

  • 「何を測るか(KPI)」の定義を支援します。
  • 信頼できる外部データソース(業界団体の統計、コンサルティング会社のデータベースなど)を特定します。

② ギャップ分析(Gap Analysis)

  • 自社の数値とベンチマーク先(目標)との乖離を測定します。
  • 重要: 単に「数字が低い」ことだけでなく、「なぜ低いのか(プロセスの違い)」を分析します。

③ 改善策の提案

  • ベストプラクティスを自社に適用するための現実的な助言を行います。
  • ただし、「どの施策を採用するか」の決定は経営陣が行います(経営責任の回避)。

4. ベンチマーキングの落とし穴

内部監査人は、ベンチマーキングが誤った方向に進まないよう、以下の点に注意を促す役割も担います。

  • 数字の一人歩き: 背景にある戦略や文化の違いを無視して、数値目標だけを真似ても失敗します。
  • 不適切な比較対象: 規模や業態が違いすぎる相手と比較しても意味がありません。
  • データの信頼性: 外部データの定義(例:売上の計上基準)が自社と同じか確認する必要があります。

まとめ

セクションA-6-eのポイントは、「鏡としての役割」です。

内部監査人は、ベンチマーキングという「鏡」を使って、組織に「世間一般と比べてどう映っているか」を客観的に見せます。

そして、「あのモデルさんのように美しくなる(改善する)には、ここを直しましょう」と助言します。

特に、同業他社だけでなく、異業種の優れたプロセスから学ぶ「機能的ベンチマーキング」の視点は、革新的な改善につながるため、CIA試験でも重視されます。


【練習問題】パート1 セクションA-6-e

Q1. 内部監査人が、物流部門の業務改善を支援するために「機能的ベンチマーキング(Functional Benchmarking)」を実施しようとしている。比較対象として選定すべき最も適切な相手はどれか。

A. 自社の中で最も物流コストが低い「九州支店の物流センター」。

B. 直接の競合相手であり、市場シェア1位の「ライバル企業の物流部門」。

C. 業界は異なるが、在庫管理と配送スピードにおいて世界的に評価されている「通信販売会社の物流センター」。

D. 物流とは関係ないが、財務管理が優秀な「大手銀行」。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(C): 機能的ベンチマーキング(プロセス・ベンチマーキング)とは、業種が異なっても「類似した機能(プロセス)」を持つ優れた組織と比較する手法です。物流の改善を目指すなら、物流に定評のある異業種(通販会社など)と比較することで、業界の常識にとらわれない革新的なアイデアを得ることができます。

不正解(A): これは「内部ベンチマーキング」です。

不正解(B): これは「競合ベンチマーキング」です。

不正解(D): 機能(プロセス)の類似性がないため、比較対象として不適切です。


Q2. 内部監査部門がアドバイザリー業務としてベンチマーキング・プロジェクトに参加する際、監査人が果たすべき役割として、GIASに基づき最も適切なものはどれか。

A. ベンチマーキングのデータに基づき、組織の新しい数値目標(ノルマ)を決定し、従業員に強制する。

B. 自社のプロセスとベストプラクティスとの間のギャップ(差異)を分析し、その原因を特定して改善案を提示する。

C. 競合他社の機密情報を非合法な手段で入手し、経営陣に提供する。

D. 外部データの収集のみを行い、分析や提言は一切行わない。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(B): アドバイザリー業務における監査人の価値は、単なるデータ収集ではなく、そのデータが意味する「ギャップ」と「根本原因」を分析し、改善に向けた洞察(インサイト)を提供することにあります。

不正解(A): 目標の「決定」や「強制」は経営責任です。

不正解(C): 産業スパイ行為は倫理綱領違反であり、論外です。

不正解(D): 分析や提言を行わないなら、監査人としての付加価値が低すぎます。


Q3. ある製造業の内部監査人が、工場の安全性に関するベンチマーキングを実施した結果、自社の労働災害発生率が業界平均よりも低い(良好である)ことが判明した。この結果を受けて、監査人がアドバイザリー報告書で伝えるべきメッセージとして、最も適切なものはどれか。

A. 「業界平均より良いので、これ以上の安全対策への投資は不要であり、予算を削減すべきである」と助言する。

B. 「現状に満足せず、業界平均ではなく『労働災害ゼロ』を達成しているトップ企業(ベスト・イン・クラス)との比較を行い、さらなる改善の機会を探るべきである」と提案する。

C. 「データ集計方法に誤りがある可能性が高いため、結果を破棄して再調査を行う」と決定する。

D. 「安全管理部門の責任者を昇進させるべきである」と人事評価を決定する。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(B): ベンチマーキングの目的は「継続的改善」です。平均より良いからといって改善を止めるのではなく、より高い目標(ベストプラクティス)を目指すよう促すことが、価値を付加するアドバイザリー業務として適切です。

不正解(A): 安全対策の削減を安易に提案することは、将来のリスクを高める可能性があります。

不正解(C): 根拠なくデータを疑うのは非効率です。

不正解(D): 人事評価の決定は経営責任です。