テーマ:中古車を買う前の「試乗」と「点検」 ~M&Aの失敗を防ぐ~

企業が合併・買収(M&A)や事業提携を行う際、相手企業の価値やリスクを調査する活動を「デュー・ディリジェンス(Due Diligence / 買収監査)」と呼びます。 これは、高い買い物(企業買収)をする前に、ボンネットを開けて「エンジンは故障していないか」「事故車ではないか」をチェックするようなものです。

内部監査人がこのプロセスに参加することは、組織にとって極めて価値の高いアドバイザリー業務となります。しかし、ここでも「どこまで関与してよいか」という境界線が存在します。


1. デュー・ディリジェンス(DD)とは?

デュー・ディリジェンスとは、投資や取引の対象となる企業や資産について、意思決定を行う前に実施される詳細な調査のことです。

内部監査人の出番

通常、財務面の調査(財務DD)は外部の会計事務所や投資銀行が行います。しかし、内部監査人は以下の領域で独自の強みを発揮し、経営陣を支援できます。

  • オペレーショナルDD: 業務プロセスは効率的か? 在庫管理は適切か?
  • IT/セキュリティDD: システムの互換性はあるか? サイバーセキュリティの脆弱性はないか?
  • コンプライアンスDD: 過去に贈収賄や法令違反をしていないか?(隠れた法的負債)
  • カルチャーDD: 企業文化(組織風土)は自社と適合するか?(M&A失敗の最大要因の一つ)

2. 内部監査人の役割(何をするか?)

内部監査人は、M&Aチームの一員(アドバイザー)として、以下の情報を提供します。

① 事実とリスクの特定

「相手企業の財務諸表は黒字ですが、内部統制がボロボロで、いつ不正が起きてもおかしくありません」といった、数字には表れないリスクを報告します。

② シナジー(相乗効果)の検証

「両社のシステムを統合するには、想定以上のコストと時間がかかります」といった、統合後の現実的な課題を指摘します。

③ 評価額への助言

「是正が必要なコンプライアンス違反が見つかったため、買収価格からその対策費を差し引くべきです」といった、価格交渉の材料を提供します。

3. 守るべき「一線」(やってはいけないこと)

アドバイザリー業務としてDDに参加する場合でも、以下の行為は経営責任(Management Responsibility)に該当するため、内部監査人は行ってはいけません。

  • × 買収の「決定」をする:
    • 「この会社を買いましょう(または止めましょう)」と最終決断するのは経営陣です。
  • × 交渉を「主導」する:
    • 価格交渉や契約条件の取り決めをメインで行うのはM&A担当役員の仕事です。
  • × 統合後の組織図を「作成・決定」する:
    • 誰を部長にするかなどの人事を決めてはいけません。

4. 買収後の統合(PMI)との関係

デュー・ディリジェンスの段階で発見されたリスク情報は、買収後の統合プロセス(PMI: Post Merger Integration)において非常に役立ちます。 内部監査人は、DDでの知見を活かし、統合が計画通り進んでいるかをモニタリングしたり、統合後の新会社に対して初回の内部監査(アシュアランス)を実施したりします。

まとめ

セクションA-6-cのポイントは、「転ばぬ先の杖」です。

  • 経営陣が「買収したい!」と熱くなっている時こそ、内部監査人は冷静に「リスク」と「事実」を提示する役割が求められます。
  • ただし、最終的に「買うか買わないか」のハンコを押すのは経営陣であり、監査人はその判断材料を提供する黒子に徹する必要があります。

【練習問題】パート1 セクションA-6-c

Q1. 組織が競合他社の買収(M&A)を検討している。内部監査部門長(CAE)は、デュー・ディリジェンス・チームに参加するよう要請された。この業務における内部監査人の役割として、GIASに基づき最も適切なものはどれか。

A. 買収対象企業の株価を算定し、最終的な買収価格を決定する。

B. 対象企業の内部統制、コンプライアンス、および企業文化を評価し、買収に伴う潜在的なリスクや統合上の課題について経営陣に助言する。

C. 買収契約書に署名し、組織を代表して取引を成立させる。

D. 外部の専門家(弁護士や会計士)の選定と契約交渉をすべて代行する。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(B): デュー・ディリジェンスにおける内部監査人の価値は、財務数値の裏側にある「オペレーション」「コンプライアンス」「文化」などのリスクを評価し、経営陣の意思決定を支援(助言)することにあります。

不正解(A): 価格の「決定」は経営責任です。算定の支援は可能ですが、決定はできません。

不正解(C): 契約への署名は経営権限を持つ役員の役割です。

不正解(D): 専門家の選定や契約交渉の代行も経営責任の範疇であり、監査人の役割を超えています。


Q2. デュー・ディリジェンス業務において、財務データ以外の「非財務的リスク」を評価する際、内部監査人が特に注目すべき項目として、最も適切なものはどれか。

A. 過去5年間の売上高の推移と成長率。

B. 買収対象企業が保有する土地・建物の減価償却方法。

C. 企業文化(カルチャー)の適合性および従業員のコンプライアンス意識(ソフト・コントロール)。

D. 翌年度の法人税支払予定額。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(C): M&Aの失敗原因の多くは、企業文化の不一致(カルチャー・クラッシュ)や、隠れたコンプライアンス違反にあります。これらソフト・コントロールや非財務的リスクの評価は、内部監査人が得意とする分野であり、デュー・ディリジェンスにおいて重要な視点となります。

不正解(A)、(B)、(D): これらは主に「財務的リスク」または「会計処理」に関する事項であり、通常は財務担当者や外部会計士が中心となって評価します。


Q3. 内部監査部門がデュー・ディリジェンス(アドバイザリー業務)に関与した場合、その後の「アシュアランス業務」に対する影響について、正しい記述はどれか。

A. デュー・ディリジェンスに関与した内部監査人は、客観性が損なわれているため、買収後の新会社に対する監査を永久に行ってはならない。

B. デュー・ディリジェンスでリスクを評価した経験は、買収後の統合プロセス(PMI)や新会社の監査計画を策定する上で有用な情報となるため、適切な独立性を維持しつつアシュアランス業務を行うことができる。

C. 買収が成立した時点で、デュー・ディリジェンスの結果はすべて無効となるため、改めてゼロからリスク評価を行わなければならない。

D. デュー・ディリジェンスは経営責任を伴う活動であるため、関与した監査人は自動的に新会社の経営陣とみなされる。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(B): デュー・ディリジェンスでの「助言」は、経営責任(決定)を伴わない限り、将来のアシュアランス業務を妨げるものではありません。むしろ、DDで得た深い知識は、その後の監査を効率的かつ効果的にするために活用すべきです。

不正解(A): 永久に関与を禁止する規定はありません。

不正解(C): DDの情報は貴重なインプットであり、無効にはなりません。

不正解(D): 助言を行っただけで経営陣とみなされることはありません。