【CIA試験講義】パート3 セクションD-4-e: 誤謬・脱漏の訂正責任
テーマ:「覆水盆に返らず」ではない ~発行後のミスへの対処法~
セクションD-4-eは、最終報告書を発行した後に、「重大な間違い」や「書き忘れ(脱漏)」が見つかった場合の危機管理プロセスです。
人間が作業する以上、ミスは起こり得ます。しかし、プロフェッショナルとしての真価は、ミスをしたこと自体よりも、「そのミスにどう対処したか」で問われます。
GIAS(グローバル内部監査基準)では、誤った情報がステークホルダーの意思決定を歪めないよう、CAE(内部監査部門長)に対して厳格な訂正ルールを課しています。
1. 導入:「重大な誤謬(Error)」とは何か?
まず、すべてのミスが訂正の対象になるわけではありません。誤字脱字程度であれば、わざわざ全回収して再発行する必要はないでしょう。 ここでのキーワードは「重大な(Significant)」です。
重大な誤謬・脱漏の定義: その誤りがなければ、読者(経営陣や取締役会)が異なる判断を下していた可能性があるもの。
例:
- 損失額の桁が一つ違っていた(100万円なのに1,000万円と記載)。
- 「合格(是正不要)」という結論を出したが、実は法令違反を見落としていた。
- 監査範囲から除外した重要拠点を、除外したと書き忘れた(脱漏)。
2. CAEの責任と訂正のゴールデンルール
もし重大な誤りが見つかった場合、CAEにはそれを訂正する義務があります。ここで試験に頻出する「ゴールデンルール」があります。
★ルール: 修正された情報は、「元の報告書を受け取った、すべての当事者」に伝達しなければならない。
「こっそり直して、気づいた人だけに渡す」のはNGです。 元の報告書を受け取った人は、その誤った情報を信じて行動している可能性があります。全員の認識をアップデートし、情報の非対称性をなくすのがCAEの責任です。
3. 具体的な訂正の手順
実務的、および試験対策としての手順は以下の通りです。
- 発見と評価:
- 誤りが見つかったら、それが「重大(Significant)」かどうかをCAEが評価します。
- 修正版の作成:
- 誤りを訂正した新しい報告書、または正誤表(Errata)を作成します。
- 「何が間違っていて、どう直したか」が明確になるようにします。
- 再配布(Communication):
- 元の配布リスト(Distribution List)と同じ宛先に修正版を送付します。
- なぜ修正版を送ったのか、理由を添えるのが一般的です。
4. 試験で狙われる「ひっかけ」ポイント
- ×「報告書の信頼性を損なうため、誤りが見つかっても再発行はせず、次回の監査で是正する」
- 解説: 隠蔽は最悪の選択肢です。誠実性(Integrity)の欠如とみなされます。
- ×「誤りを訂正する場合、被監査部門の責任者にだけ伝えればよく、取締役会に伝える必要はない」
- 解説: 取締役会が元の報告書を受け取っていたなら、訂正版も必ず送らなければなりません。彼らは誤った情報に基づいて戦略的決定を行っているかもしれないからです。
- ×「いかなる誤りであっても、必ず修正版を発行し全配布先に送付しなければならない」
- 解説: 「重大な」誤りが対象です。些細な誤字脱字で経営陣の時間を奪うのは非効率であり、プロフェッショナルな判断とは言えません。
5. 誰の責任か?
最終的な訂正情報の伝達責任は内部監査部門長(CAE)にあります。 担当監査人がミスをしたとしても、その報告書を承認し発行したのはCAEだからです。したがって、訂正の判断と配布の指示はCAE(または権限委譲された代理人)が行います。
まとめ
セクションD-4-eのポイントは、「情報の同期(Sync)」です。
- If 重大な間違いが見つかった
- Then 元の報告書を受け取った全員に、「ごめんなさい、ここが間違っていました。正しくはこうです」と伝える。
これは恥ずかしいことではなく、組織のリスク管理のために不可欠な誠実な行動です。
【練習問題】パート3 セクションD-4-e
Q1. 最終監査報告書の発行後、内部監査人は記載されていた財務データの集計に誤りがあり、結論に影響を与えるほどのリスク評価のズレが生じていることを発見した。この状況において、内部監査部門長(CAE)がとるべき行動として、GIASに基づき最も適切なものはどれか。
A. 誤りは担当者のミスであるため、担当者に個人的に修正させ、被監査部門の担当者とだけ共有するよう指示する。
B. 報告書の再発行は内部監査部門の評判を落とすため、誤りには触れず、次回の監査計画で重点的にチェックすることで対応する。
C. 修正された情報を記載した報告書(または正誤表)を作成し、元の報告書を受領したすべての関係者に伝達する。
D. 取締役会は詳細な数字を見ないため、被監査部門の長と上級経営陣にのみ修正を伝え、取締役会への連絡は省略する。
【解答・解説】
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正解(C): 最終的なコミュニケーション(報告書)に重大な誤謬や脱漏があった場合、CAEは修正した情報を、元の情報を受け取ったすべての当事者に伝える責任があります。これにより、誤った情報に基づく意思決定を防ぎます。
不正解(A): 元の受領者全員に伝えないことは、ルールの違反です。
不正解(B): 事実の隠蔽は、内部監査人の倫理綱領(誠実性)に違反します。
不正解(D): 配布先を選別してはいけません。元の配布リストに従うのが原則です。
Q2. 「重大な誤謬(Significant Error)」の判断基準に関する記述として、最も適切なものはどれか。
A. 報告書内の誤字や脱字の数が、1ページあたり3箇所以上ある場合。
B. その誤りがなければ、報告書の読者が異なる結論に至ったり、異なる行動をとったりした可能性がある場合。
C. 被監査部門の責任者が「重大である」と主張した場合のみ。
D. 外部監査人が指摘した誤りのみが該当し、内部監査人が発見した誤りは含まれない。
【解答・解説】
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正解(B): 「重大性」の判断は、情報の利用者の意思決定に影響を与えるかどうかによります。誤った情報によって読者が誤った判断を下す恐れがある場合、それは訂正すべき重大な誤謬となります。
不正解(A): 誤字脱字の数といった形式的な基準ではなく、内容への影響度で判断します。
不正解(C): 経営管理者の意見も考慮しますが、最終的な判断はCAEが行います。
不正解(D): 発見者が誰であれ、影響が大きければ重大な誤謬です。
Q3. 内部監査報告書の発行後、監査人は重要な調査範囲の除外事項(Scope Limitation)を報告書に記載し忘れていたことに気づいた(脱漏)。この除外事項は、監査の結論に対する信頼性に影響を与えるものである。この場合の対応として正しいものはどれか。
A. 報告書には「すべてを見た」とは書いていないため、特に訂正する必要はない。
B. 記載漏れ(脱漏)は誤謬(Error)ではないため、訂正の対象外である。
C. 結論自体が変わるわけではないため、次回の監査委員会での口頭報告で補足すればよい。
D. 重大な脱漏であると判断し、除外事項を明記した修正版の報告書を、元の配布先全員に送付する。
【解答・解説】
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正解(D): GIASでは「重大な誤謬」だけでなく「脱漏(Omission)」も訂正の対象です。重要な範囲の制限を記載し忘れることは、読者に対して「制限なくすべて監査した」という誤解(ミスリーディング)を与えるため、速やかに訂正し、再周知する必要があります。
不正解(A): 監査報告書において、明記されていない範囲の制限はないものとみなされるため、訂正が必要です。
不正解(B): 脱漏も訂正の対象です。
不正解(C): 文書化された報告書が公式記録として残るため、口頭補足だけでは不十分です。
