テーマ:「注文の多い料理店」でのメニュー決め ~リクエストと栄養バランスの調和~

セクションB-1-dは、監査計画を作成する際、取締役会や経営管理者(ステークホルダー)から寄せられる「これを監査してほしい」というリクエスト(要請)をどのように扱い、計画に反映させるかというプロセスです。

試験では、「ステークホルダーの期待に応えること」「独立したリスク・ベースの判断を維持すること」のバランス感覚が問われます。CAE(内部監査部門長)は、すべての注文を無批判に受け入れる「御用聞き」であってはなりません。


1. 導入:なぜ「要請」を聞く必要があるのか?

内部監査計画は、CAEが独断で決めるものではありません。GIAS(グローバル内部監査基準)は、計画策定にあたり、取締役会および上級経営陣からのインプット(意見・要望)を考慮することを求めています。

理由:

  1. 戦略との整合: 経営陣が今一番心配していること(=組織の戦略的リスク)を知るため。
  2. 価値の提供: 彼らの関心事に対応することで、内部監査の有用性を高めるため。
  3. 死角の排除: 監査人が気づいていない現場のリスク情報を得るため。

2. 要請を検討するプロセス(3ステップ)

寄せられたリクエストを計画に組み込むかどうかは、以下の手順で判断します。

ステップ①:要請の受付と理解

まず、公式な会議や非公式な対話を通じて要望を集めます。

  • 「新システムの稼働が心配だ」(CEO)
  • 「最近、海外支店の不正の噂を聞く」(監査委員長)
  • 「業務効率化のアイデアが欲しい」(事業部長)

ステップ②:リスク評価と優先順位付け(フィルタリング)

ここが最重要ポイントです。リクエストをそのままリストに入れるのではなく、「リスクの重要性」を評価します。

  • その要請は、組織の高リスク領域に関連しているか?
  • 単なる「興味本位」や「個人的な安心」のためではないか?

イメージ:
シェフ(CAE)は客(経営陣)から「激辛料理を出して」と言われました。 しかし、客の健康状態(組織のリスク)を考えると、それは危険かもしれません。

シェフは専門家として、「今は消化の良いもの(コンプライアンス監査)が必要です」と判断するかもしれません。

ステップ③:計画への反映または説明

  • 採用する場合: 監査計画に追加し、リソース(人員・時間)を割り当てます。
  • 採用しない場合: リスクが低い、あるいはリソースが足りない等の理由で採用しない場合は、その理由を依頼者に説明します。

3. 注意すべき「不適切な要請」

試験では、独立性を脅かすような要請への対応が問われます。

  1. 業務執行の代行(ライン業務):
    • ×「人手が足りないから、経理データの入力を手伝ってくれ」
    • 対応: 断るべきです。内部監査人が業務を行うと、将来その業務を監査できなくなります(自己監査の禁止)。
  2. 特定の結論への誘導:
    • ×「このプロジェクトに問題はないという証明書を出してくれ」
    • 対応: 結論ありきの監査は客観性を損なうため受け入れられません。
  3. 政治的な利用:
    • ×「気に入らない部長を追い出すために、あの部署の粗探しをしてくれ」
    • 対応: 倫理規定違反です。監査権限の乱用に加担してはいけません。

4. 資源(リソース)との兼ね合い

経営陣からのリクエストが増えすぎて、既存のリソースでは対応しきれない場合はどうすべきでしょうか?

  • トレードオフ(交換): 優先順位の低い監査を延期・中止し、重要なリクエストを入れる。
  • リソースの追加要請: 予算増額や外部委託(コソーシング)を提案する。
  • 断る勇気: リソースの限界と、対応できないことによるリスクを取締役会に伝え、判断を仰ぐ。

5. 試験で狙われる「ひっかけ」ポイント

  1. ×「取締役会からの要請は絶対命令であるため、リスク評価を行わずに直ちに最優先で実施しなければならない」
    • 解説: 取締役会の意向は重いですが、CAEには専門家としてリスクを評価する責任があります。もし要請された監査のリスクが低く、他に高リスクな領域があるなら、CAEはそれを指摘し、協議すべきです。
  2. ×「独立性を維持するために、CAEは経営陣からの監査要請を一切受け付けてはならない」
    • 解説: 誤りです。意見を聞くことと、独立性を失うことは別です。インプットは積極的に受けるべきです。
  3. ×「経営陣からの要請に対応する場合、それは『保証(アシュアランス)』ではなく必ず『助言(アドバイザリー)』業務として扱わなければならない」
    • 解説: ケースバイケースです。要請内容が「プロセスの有効性評価」なら保証業務になりますし、「改善のサポート」なら助言業務になります。

まとめ

セクションB-1-dのポイントは、「受容と評価(Receive & Assess)」です。

  • Listen: 声を聞く(無視しない)。
  • Assess: リスクを測る(鵜呑みにしない)。
  • Prioritize: 優先順位を決める(リソースと相談する)。

CAEは、ステークホルダーのニーズと、組織を守るための専門的判断のバランスを取る「調整役」としての能力が求められます。


【練習問題】パート3 セクションB-1-d

Q1. 年次監査計画が承認され、期中の監査業務が進行している最中に、CEOから「最近導入したマーケティング・システムに不具合が多いので、急遽、有効性の監査をしてほしい」という要請があった。CAEが最初にとるべき行動として、GIASに基づき最も適切なものはどれか。

A. CEOの命令は絶対であるため、現在進行中のすべての監査を中断し、直ちにマーケティング・システムの監査を開始する。

B. 承認された監査計画の変更は取締役会の承認事項であるため、次回の取締役会までCEOの要請を保留にする。

C. 要請された監査対象のリスク評価を行い、その重要性と緊急性を検討した上で、既存の監査計画への影響(他の監査の延期など)を分析する。

D. システムの不具合対応はIT部門の責任であるため、内部監査の範囲外として要請を拒否する。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(C): 突発的な要請があった場合、まずはその対象のリスク評価を行うのが最初の手順です。その上で、既存のリソースやスケジュールへの影響(トレードオフ)を分析し、必要であれば計画の変更案を作成して取締役会の承認(または事後報告、規定による)を得るプロセスへ進みます。

不正解(A): リスク評価なしに既存の計画を覆すことは、より重要なリスクを見落とす原因となり不適切です。

不正解(B): 形式にとらわれすぎており、緊急のリスクに対応できない可能性があります。まずは分析と協議が必要です。

不正解(D): システムの有効性監査は内部監査の典型的な範囲であり、正当な理由なく拒否すべきではありません。


Q2. 内部監査部門長(CAE)が次年度の監査計画を作成するために、各事業部門長にインタビューを行っている。ある事業部門長から「人手不足で業務マニュアルの更新が滞っているため、監査の一環としてマニュアルの作成代行をしてほしい」と依頼された。この要請に対するCAEの対応として、最も適切なものはどれか。

A. 事業部門との良好な関係を築く絶好の機会であるため、要請を受け入れ、監査計画に組み込む。

B. マニュアル作成は経営陣の責任(業務執行)に属するものであり、内部監査人が行うと将来の独立性が損なわれるため、代行はできないと説明し、断る。

C. マニュアル作成はコンサルティング(助言)業務として実施可能であるため、独立性への影響を考慮せずに引き受ける。

D. 監査部門の予算で行うのではなく、事業部門の予算で外部コンサルタントを雇うよう指示する。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(B): 内部監査人が「業務執行(この場合はマニュアル作成の実務)」を代行することは、独立性と客観性の侵害(自己監査の禁止)につながります。CAEは、マニュアルの「レビュー」や「助言」はできても、「作成代行」はできないことを説明すべきです。

不正解(A): 関係構築は重要ですが、独立性を犠牲にしてはいけません。

不正解(C): 助言業務であっても、経営者の責任を代行することは許されません。作成に関与すれば、将来そのマニュアルを客観的に監査できなくなります。

不正解(D): 助言としては適切かもしれませんが、CAEに他部門への「指示」権限はありません。


Q3. 内部監査計画における「取締役会および上級経営陣からの要請」の位置づけに関する記述として、最も適切なものはどれか。

A. 監査計画はリスク・ベースでなければならないため、経営陣からの主観的な要請は一切考慮すべきではない。

B. 経営陣からの要請は、それ自体が重要なリスク情報(インプット)であり、監査ユニバースのリスク評価を補完・修正するために使用されるべきである。

C. 監査計画の項目は、すべて取締役会の要請に基づいて決定されなければならず、CAE独自の判断による項目を含めてはならない。

D. 経営陣からの要請は「助言業務」としてのみ実施され、「保証業務」の計画には含めるべきではない。

【解答・解説】

正解と解説を表示

正解(B): 経営陣や取締役会の要請・懸念は、組織の戦略的リスクや現場の状況を反映した重要なインプット情報です。CAEはこれらを考慮し、リスク評価に反映させることで、組織の目標と整合したリスク・ベースの計画を作成できます。

不正解(A): ステークホルダーの入力を無視することは、組織のニーズに応えられない独善的な計画につながります。

不正解(C): 取締役会の要請は重要ですが、すべてではありません。法令対応や基本的なコントロール評価など、CAEの専門的判断による項目も必要です。

不正解(D): 要請の内容に応じて、保証業務としても助言業務としても実施されます。