テーマ:人材という「資産」のメンテナンス ~錆びつかせず、逃がさない~

セクションA-2-dは、CAE(内部監査部門長)が、採用したスタッフのスキルを向上させ(育成)、モチベーションを維持し(保持)、組織に留まらせるための戦略をどう描くかというトピックです。

試験では、「教育(トレーニング)は福利厚生ではなく、監査品質を維持するための必須要件である」という認識と、具体的なキャリアパス構築の重要性が問われます。


1. 導入:採用して終わりではない

どんなに優秀な人材を採用しても、放置すれば知識は陳腐化し、モチベーションは下がります。特に内部監査の世界は、AI、サイバーセキュリティ、ESGなど、環境変化が激しいため、「昨日の知識」は「今日のリスク」に対応できません。

GIAS(グローバル内部監査基準)は、監査人が「継続的専門能力開発(CPD: Continuing Professional Development)」を行うことを義務付けています。CAEには、そのための機会とリソースを提供する責任があります。

2. 研修・育成(Training & Development)の戦略

単に「好きなセミナーに行かせる」のは戦略ではありません。組織のニーズと個人の成長をリンクさせる必要があります。

① 専門能力の維持(CPE)

CIA(公認内部監査人)資格保持者は、年間40時間のCPE(継続的専門教育)が求められます。CAEは、スタッフがこの要件を満たせるよう、予算と時間を確保しなければなりません。

  • 目的: 基準、手続き、技法の最新知識を維持するため(適格性の確保)。

② スキル・ギャップに基づくプログラム

セクションA-2-bで行った「スキル・ギャップ分析」に基づき、足りない部分を補う研修を計画します。

  • 例: データ分析のスキルが部門全体で弱い → データサイエンスの研修を導入する。

③ メンタリングとOJT

教室での座学だけでなく、現場での経験が人を育てます。

  • メンター制度: シニア監査人がジュニアを指導する。
  • ローテーション: 異なる種類の監査(財務、IT、業務)を経験させ、多能工化を図る。

3. 人材の保持(Retention)戦略

内部監査人は市場価値が高いため、適切なケアをしないとすぐに転職してしまいます。CAEは「離職(Turnover)」を防ぐために以下の対策を講じます。

  1. 明確なキャリアパスの提示: 「このまま監査部門にいて、将来どうなれるのか?」という不安を解消します。
    • スペシャリストコース: 監査マネージャー、CAEを目指す道。
    • ビジネスリーダーコース: 監査経験を活かして、CFOや事業部門長へ異動する道(組織内ローテーション)。
  2. やりがいのある仕事(Job Enrichment): 単純なチェック作業だけでなく、経営にインパクトを与える重要なプロジェクトに参加させることで、エンゲージメント(関与意欲)を高めます。
  3. ワークライフバランスと報酬: 競争力のある給与と、健全な労働環境は基本条件です。

4. サクセッション・プランニング(後継者育成計画)

CAEは、自分自身やキーマン(マネージャー等)が突然いなくなっても、監査部門が機能不全に陥らないよう準備しておく必要があります。

  • 「もし明日、マネージャーが辞めたら誰が代わりを務めるか?」 この問いに対する答え(後継者候補)を常に用意し、その候補者を意図的に育成することが、組織のリスク管理として不可欠です。

5. 専門職としての成長と組織への貢献

試験で問われる視点は、「個人の成長」と「組織のメリット」のバランスです。

  • 個人: 市場価値が高まり、キャリアが拓ける。
  • 組織: 高品質な監査を受けられ、将来の経営幹部候補が育つ。

CAEは、内部監査部門を「組織内の人材輩出機関(Talent Pipeline)」として機能させることが理想とされます。

まとめ

セクションA-2-dのポイントは、「継続性(Continuity)」です。

  • 知識はアップデートし続けなければならない(CPD/CPE)。
  • 人は成長し続けなければならない(キャリアパス)。
  • 組織は(人が入れ替わっても)機能を維持し続けなければならない(サクセッションプラン)。

CAEは、監査計画だけでなく、部下の人生設計(キャリア)にも責任を持つリーダーシップが求められます。


【練習問題】パート3 セクションA-2-d

Q1. 内部監査部門長(CAE)は、限られた予算の中でスタッフのトレーニング計画を策定している。トレーニングの優先順位を決定する際の基準として、GIASおよび戦略的観点から最も適切なものはどれか。

A. スタッフ全員の公平性を保つため、全員に同じ金額のトレーニング費用を配分する。

B. スタッフ個人の興味・関心を最優先し、彼らが受けたいと希望する研修を承認する。

C. 監査部門の「スキル・ギャップ分析」に基づき、承認された監査計画(リスク)を実行するために不足しているスキルを埋める研修を優先する。

D. コストを最小限に抑えるため、無料のウェビナーや自習のみに限定する。

【解答・解説】

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正解(C): トレーニングは投資であり、そのリターン(監査品質の向上)が最大化されるように配分すべきです。監査計画の実行に必要なスキル(例:IT監査や新規制対応)と、現状のスキルとのギャップを特定し、そこを埋めるトレーニングが最優先されます。

不正解(A): 公平性は重要ですが、部門の戦略的ニーズや個々のスキルレベルを無視した一律配分は非効率です。

不正解(B): 個人の意欲は重要ですが、組織のニーズと合致している必要があります。

不正解(D): 必要なスキルが無料のリソースだけで習得できるとは限らず、品質低下のリスクがあります。


Q2. 内部監査部門において、高い離職率(Turnover Rate)が続いており、優秀なスタッフが定着しないという問題が発生している。出口面接の結果、「将来のキャリアが見えない」という理由が多かった。この状況を改善するためのCAEの戦略として、最も適切なものはどれか。

A. 監査業務はストレスが多いため離職は仕方がないと割り切り、常に新規採用を続ける「自転車操業」モデルに切り替える。

B. 離職を防ぐために、「入社後3年間は退職不可」という契約を結ばせる。

C. 明確なキャリアパス(部門内での昇進および他部門へのローテーション制度など)を策定し、スタッフと定期的にキャリア開発について話し合う機会を設ける。

D. 給与を業界平均の2倍に引き上げることで、不満を金銭で解決する。

【解答・解説】

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正解(C): 専門職にとって「成長の実感」と「将来の展望」は、金銭以上に強力なリテンション(保持)要因となります。部門内での昇進だけでなく、内部監査経験を活かしてビジネスサイドのリーダーへ転身するルート(組織内人材輩出)を整備することが有効です。

不正解(A): 離職率が高いとナレッジが蓄積されず、採用コストもかさむため、放置すべきではありません。

不正解(B): 法的・倫理的に問題がある可能性が高く、モチベーションを著しく低下させます。

不正解(D): 報酬は重要ですが、キャリアへの不安という根本原因(やりがい、将来性)を解決しなければ、離職は止まりません。


Q3. CIA(公認内部監査人)資格を持つ内部監査人が、「自分は実務経験が豊富なので、今年はCPE(継続的専門教育)研修を受ける必要はない」と主張している。CAEの対応として、GIASおよび倫理的義務の観点から正しいものはどれか。

A. ベテランであれば知識は十分であるため、特例として研修の免除を認める。

B. 実務経験は研修の代わりにはならないことを説明し、専門職としての適格性(Proficiency)を維持し、最新の基準やリスク動向に追随するために、継続的な学習が必須であることを伝える。

C. 資格維持は個人の問題であるため、会社として関与せず、本人の判断に任せる。

D. 研修を受けない代わりに、監査業務の件数を増やすよう指示する。

【解答・解説】

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正解(B): 内部監査人は、そのキャリアを通じて知識、スキル、能力を高め続ける義務(継続的専門能力開発)があります。環境やリスクは常に変化するため、「過去の経験」だけで「現在の適格性」を保証することはできません。CAEは部門全体の適格性を維持する責任者として、学習を指導・支援する必要があります。

不正解(A): 基準はすべての監査人に適用され、ベテランであっても免除されません。

不正解(C): 組織の監査品質に関わるため、CAEはスタッフの資格維持や能力開発を管理・支援する責任があります。

不正解(D): 業務量と能力開発はトレードオフの関係ではなく、両立させるべきものです。