【CIA試験講義】パート2 セクションB-5-b: 適切な分析手法の決定
テーマ:名医は「聴診器」と「MRI」を使い分ける ~目的と手法のベストマッチ~
前回のセクション(B-5-a)では、様々な分析ツール(比率、傾向、ベンチマーキングなど)の「中身」を学びました。 今回のセクションB-5-bは、それらを「いつ、どの場面で選ぶか?」という意思決定に関する領域です。
試験では、「監査人が〇〇を確認したい場合、最も適切な分析手法はどれか?」という、目的と手段の適合性を問う問題が頻出します。
1. 分析手法を選ぶ「4つの判断基準」
監査人は、手当たり次第に計算をするわけではありません。以下の4つの基準を天秤にかけて、最適なツールを選択します。
① 監査業務の目標(Objective)
これが最も重要です。「何を証明したいのか?」によってツールは変わります。
- 全体像をつかみたい → 単純な傾向分析や比率分析
- 将来を予測したい → 回帰分析
- 不正の兆候を見つけたい → ベンフォードの法則や異常値検出
② データの入手可能性と信頼性(Data Availability & Reliability)
高度な分析をしたくても、データが汚れていたり(不正確)、システムから取り出せなければ意味がありません。
- 原則: 分析的レビューの結果の信頼度は、「元データの信頼性」に依存します(GIGO: Garbage In, Garbage Out)。
- 統制が弱いシステムのデータを使う場合、分析結果だけで結論を出すのは危険です。
③ 手法の精度(Precision)
どのくらい正確な予測値が必要か?
- 合理性テスト: 「人数×平均単価」で概算を出す(精度は中程度)。
- 回帰分析: 天候や経済指標など複数の変数を考慮して予測値を出す(精度は高い)。
④ 費用対効果(Cost-Benefit)
「蚊を殺すのに大砲を使ってはいけない」という原則です。
- リスクの低い小規模な勘定科目に、数日かけて複雑な統計モデルを作るのは非効率です。この場合は、単純な前年比較で十分かもしれません。
2. 「目的」別:ベストな手法の選び方(マッピング)
試験対策として、以下の「目的=手法」の組み合わせを頭に叩き込んでください。
| 監査人の知りたいこと(目的) | 推奨される分析手法 | 具体例 |
|---|---|---|
| 「外れ値」や「異常な取引」を見つけたい | 異常検知 / ベンフォードの法則 | 承認限度額ギリギリの支払いを抽出する。 |
| 「将来の数値」を予測したい | 回帰分析 | 広告費と売上の関係式を作り、来期の売上を予測する。 |
| 「財務的な健全性」を見たい | 比率分析 | 流動比率や負債比率を業界平均と比較する。 |
| 「勘定科目の全体的な妥当性」を見たい | 合理性テスト | 従業員数 × 平均給与 ≒ 給与総額 となっているか確認する。 |
| 「経年変化」を見たい | 傾向分析(トレンド分析) | 過去5年間の修繕費の推移を見る。 |
| 「業務効率」を他と比較したい | ベンチマーキング | 自社の注文処理時間を、同業他社のベストプラクティスと比較する。 |
3. 分析のタイミングによる使い分け
分析手法は、監査のフェーズによっても使い分けられます。
- 計画段階(プランニング):
- 目的: リスクの高い領域を特定する。
- 手法: 大まかな傾向分析や比率分析が中心。「どこが怪しいか?」のアタリをつけるため。
- 実査段階(フィールドワーク):
- 目的: 証拠を入手する(実証性テスト)。
- 手法: 合理性テストや回帰分析など、より精度の高い手法を用いる。「金額が正しいか?」を裏付けるため。
4. 試験で狙われる「ひっかけ」ポイント
- ×「回帰分析は常に傾向分析よりも優れているため、あらゆる監査で優先して使用すべきである」
- 解説: 誤りです。回帰分析は強力ですが、時間と専門知識を要します。単純な項目やリスクの低い領域には、コストがかかりすぎるため不適切(非効率)です。
- ×「分析的レビューで導き出された結論は、詳細テスト(証憑突合など)よりも信頼性が高い」
- 解説: 間違いです。分析的レビューはあくまで「状況証拠(推論)」です。実際に請求書や現物を確認する詳細テストの方が、証拠としての証明力は高いです。分析は「どこを詳細テストすべきか」を教えてくれるツールです。
- ×「データの信頼性が低い場合でも、高度な統計的手法を用いれば、正確な監査結論を導き出せる」
- 解説: 不可能です。元データが信頼できなければ、どんな高度な分析も無意味です。この場合、分析的レビューに頼らず、詳細テスト(全件チェックなど)に切り替える判断が必要です。
まとめ
セクションB-5-bのポイントは、「適材適所」です。
監査人は、「最も難しい手法」を使うのが偉いのではありません。「リスクと目的に対して、最も効率的かつ効果的な手法」を選べるのがプロフェッショナルです。
【練習問題】パート2 セクションB-5-b
Q1. 内部監査人は、ある工場の「電力使用料」の妥当性を検証しようとしている。電力使用量は「生産量」と「外気温」の2つの要因に強く影響されることが分かっている。この場合、電力費の期待値を算出し、実績値と比較するために最も適切な分析手法はどれか。
A. 傾向分析(トレンド分析)
B. 回帰分析(多変量解析)
C. ベンフォードの法則
D. ベンチマーキング
【解答・解説】
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正解(B): 回帰分析は、従属変数(電力費)と複数の独立変数(生産量、外気温)との関係をモデル化し、予測値を算出するのに最も適した手法です。複数の要因が絡む場合の予測精度が最も高くなります。
不正解(A): 傾向分析は「時間の経過」のみを見るため、生産量の増減や気温の変化といった要因を考慮できず、精度の高い期待値を出せません。
不正解(C): ベンフォードの法則は、数値の自然性を検証して不正(改ざん)を見つけるためのもので、費用の妥当性予測には向きません。
不正解(D): ベンチマーキングは他社比較であり、自社工場固有の生産量や気温に基づく妥当性検証には直接使えません。
Q2. 内部監査人は、給与計算プロセスの監査を行っている。詳細なテストを行う前に、給与総額の計上が全体として合理的であるかを効率的に確認したいと考えている。この目的に対して、最も費用対効果の高い分析手法はどれか。
A. 全従業員の給与明細とタイムカードを1件ずつ突合する。
B. 給与支払額のデータを統計的にサンプリングし、95%の信頼区間で推定する。
C. 合理性テスト(Reasonableness Test)を行い、平均従業員数に平均給与単価を乗じて総額を推定し、実績と比較する。
D. 給与計算ソフトのソースコードをレビューし、計算ロジックに誤りがないか確認する。
【解答・解説】
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正解(C): 合理性テストは、独立した変数(人数、単価など)を用いて全体像の妥当性を素早く検証する手法です。詳細テスト前のスクリーニングとして、費用対効果が最も高いアプローチです。
不正解(A): これは「詳細テスト」であり、全件チェックは非常に時間がかかり、効率的ではありません(分析的レビューではありません)。
不正解(B): 統計的サンプリングは有効ですが、全体的な合理性をざっくり確認する段階では、Cの手法の方がより簡便で即効性があります。
不正解(D): これはIT監査におけるアプリケーション統制のテストであり、金額の妥当性を確認する分析的手続きではありません。
Q3. 内部監査人は、支店の「小口現金」の残高監査において、分析的レビュー技法の適用を検討している。しかし、支店の小口現金管理は帳簿の更新が遅れがちであり、過去にも記録ミスが散見されるなど、データの信頼性が低いことが判明した。この状況における監査人の判断として、最も適切なものはどれか。
A. データの信頼性が低いため、分析的レビュー技法には依存せず、実査(現金カウント)や証憑突合などの詳細テストを中心に監査を実施する。
B. 回帰分析などの高度な統計手法を用いればデータの不備を補正できるため、予定通り分析的レビューを実施する。
C. 傾向分析を行い、異常な変動がなければ、小口現金管理は適切であると結論付ける。
D. データの信頼性が低いため、監査の範囲から小口現金を完全に除外する。
【解答・解説】
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正解(A): 分析的レビュー技法の有効性は、基礎となるデータの信頼性に依存します。データが信頼できない(GIGOの状態)場合、分析結果も信頼できないため、分析的手続きに頼ることはリスクがあります。この場合は、物理的な確認(実査)などの直接的な証拠を入手する手続き(詳細テスト)に重点を移すべきです。
不正解(B): 統計手法は魔法ではありません。誤ったデータからは誤った結果しか出ません。
不正解(C): 信頼できないデータに基づく傾向分析で「異常なし」と出ても、それは単に記録漏れの結果である可能性があり、誤った安心感(偽陰性)を与えてしまいます。
不正解(D): リスクがある領域を監査範囲から除外することは、監査人の責任放棄になります。
